咆哮
――やっと、聖女が降りてきた。
降りてきた、というより落とされた、と言った方が正しいか。
あんな形相の、貼り付けた笑顔のハリーさんなんて見たことがなかった。
ーー俺に対しては、決して見せなかった表情である。
「ッチ、あいつらぜってー許さねぇ」
「覚えてやがれ!」
「――そんなことはいいので、早く攻撃してください!」
あまり迂闊に近寄れない以上、俺やアンの魔力消費はひたすら増えるばかりだ。これ以上の時間稼ぎは難しい。
できることなら、早く……ッ!
「えー、めんどくさーい」
悠長というか、なんというか。
魔物を目の前にその態度を崩さないのは逆に感心だが、その胆力は今は非常に邪魔である。
なんのためかは知らないが、リッチを倒すと決めたのであればそうするのが筋であろうに。
――っていうか、本当になんのためなんだよ。
……聞くか。
「あー、それはぁ。キョーコー様に頼まれたんだけど」
「でも実際? バレねーっしょ」
「それなー」
……さすがにバレるんじゃないか? そう思う。
「……バレるわよね」
「そうですよね。【火球】」
アンも同感のようだ。
だいたい、こんなトンデモな魔物を呼んでひたすら挑発して帰るなんて、徒らもいいところだろう。
……。どうしたものか。
「――あっ、言い忘れてましたが、そこのリッチを倒さない限りこの穴からは出られませんよ?」
「は?」
「えっ?」
「嘘!?」
はい、大嘘です。ハッタリです。
アンが怪訝な目でこちらを見ているが、気にしたことか。
「……ホントだ、出られない」
無謀にも挑戦した聖女であったが、残念無念、【絶対落とし穴】の名は伊達ではない。
「僕を殺そうと、出ることはできません。偏に、そう。あれを倒さなければ」
再び、諭すようにいう。
「……どうする」
「うちはこんなとこで野垂れ死にたくないけど?」
「同じく」
今はその話し合う時間さえも惜しいのだが、少なくとも俺に協力する方向に話が動いている様子である。
「――しょーがない、うちらの邪魔すんなよ?」
「……お、仰せのままに」
目が変わった。あれは、やる目だ。
なんだ、やる気、出るじゃないか。
アンが魔法を放ちながら物珍しそうな表情で俺を見る。
心外な。俺だって言う時には言うのだ。
――嘘である。魔法とは全く関係のない背中や脇がびしょびしょになっている。噛まなかったのが奇跡といえよう。
ふいー、緊張した……。
俺とアンが牽制しているリッチを、三人が正三角形の頂点になるように取り囲む。
「いくよ」
「「わかった」」
――瞼を閉じた。
少女のオーラが、同調していく……?
呼吸、拍動、魔力の循環に至るまで、三人が完全にリンクしたかのように一致した。
そこに、先ほどまでの利己的な感情は存在しなかった。
そして手を前に掲げ、――刮目した。
「「「【セイクリッドトライアングル】」」」
カッ、と穴を影なく照らすキセノン。
――なんだこの光量!?
しかし、眩しく感じたのも一瞬、少しずつ眩しさ――いや、正確には魔力酔いのようなものだろうが、収まっていく。
辺りは未だ白いが、自然となんの支障もなく目を開けられた。
不思議な感覚である。
――そこまで考えたが、ここで我々の目的を思い出した。
リッチを目で探す。
しかし見つけたのは、魔法を当てられても屁でもないような今までとは打って変わり、浜に打ち上げられたクラゲみたいに弱ったそれであった。
――これが、光属性魔法。
――これが、聖女の本気。
苦しみ悶える、リッチ。
「……凄い。」
魔法の構成面に関しては綻びこそあるが、それを才覚と莫大な魔力量でフォローしている。
聖女の名は伊達ではない。
聖女の額に汗がにじむ。
しかし、俺とアンにはもはや、ただ立っているしかない。
目の前で頑張っている人たちがいるというのに、少し情けなく感じた。
敵もさる者、なかなか簡単には倒れてくれないようではあるが、優勢であることに変わりはない。
――勝ちを確信した。
「ッ、ウォオアアアアアアアアアアア!!!」
そう思い少し気を抜いていた。――そう一筋縄で行くはずがないのに。
身の毛もよだつような`咆哮を放つリッチに身構える。
本当に最後の力だったのか、リッチはさらにまして脱力しているが、そんなことは今はどうでもいい。
――周囲に、いくつか。
1、2、3……。全部で6つの巨大な魔力溜まり。
聖女の魔法で希薄になったもののいまだあった闇の魔力が、かき集められてゆく。
「まずい!【火球】ッ!」
「そうね、【雷電閃耀】!」
うち二つは、なんとか撹拌して潰せた。
――しかし、初動が遅すぎたのだ。
「間に合わなかった、ですか……」
――自分を、殴りたい。
しかしそんな余裕はない。結実していく魔力に、俺は歯噛みすることしかできなかった。




