奴隷
手持ちの銀貨80枚。日本円にすると80万円。
改めてその重みを感じつつ、急ぎ足で目的の建物へ向かう。
「着いた……」
勢い良く、その扉を開き、カウンターへと歩み寄る。
「いらっしゃいませ。王立奴隷斡旋所でございます」
「奴隷のレンタル……。3日でお願いします」
「かしこまりました」
――まさか俺が奴隷を借りるなんて、召喚される前の俺には想像もつかなかったろう。
「身分の証明ができるものは」
「ここにございます」
ギルドカードを提示する。
「何か、指定などございますでしょうか?」
「……この通りです」
メモ帳を渡す。さながら子供のお使いであるが、俺のコミュニケーション能力ではどれだけ相手に要望を伝えられるか全くの未知数であったので、それならばと一筆認めておいたものだ。
「少々お待ちください」
そう言い傍の帳簿をしばらく確認し――
「問題ありません、在庫はございます」
「……そう、ですか」
――在庫。やはり抵抗感がある。
いや、そんな生ぬるいものではない。きっと、俺の顔はまるで苦虫を噛み潰したかのようになっている筈だ。
――だが、どんな手段を用いてでも、俺は、アンに殴られるのだ。
言葉にするとチープだが、それが俺の行動の、免罪符のような存在になっている。
「犯罪奴隷ですので、解放等を行なった場合は厳罰が誅されます。死亡させた場合には金貨5枚の罰金を課しますので、くれぐれも管理にはお気をつけください」
「わかりました」
俺がそう言ったのを確認すると、その受付員は裏まで戻って行った。
――しばらく時間ができたので、周囲に目を渡らせる。
多いのは、貴族のようなブルジョワであろう。その中においては俺の服装は浮いている。まあ、冒険者や他の職業の人もいるようであるが。
契約をしにきた人も、奴隷を返しにきた人も、はたまた契約の更新であろうか、連れてきた奴隷をそのまま持ち帰る人も見られる。総じて身なりはよく、俺のような庶民的な服をしている人物はいない。先述した冒険者にしても、装飾過多の鎧を着ており経済的に余裕があることがうかがい取れる。
――その冒険者は、両脇に奴隷の美女を侍らせ帰って行った。単に奴隷というのは肉体労働させるだけではないようだ。
どこか夢心地でそんなことを考えていた。
「お客様、お待たせいたしました。こちらでお間違えはございませんか」
呼ばれたのに気がつき、振り返ると、目当てがいた。
「……」
「……」
忘れるものか。その眼鏡はいくつもの修復の跡があり、不健康そうなパサパサな髪はさらにちりぢりになり、眼光はさらに鋭く、無精髭は延び、虚弱そうだった体にはいたるところに怪我の跡があるが、その男は他ならぬ。
――ゼノであった。
俺が奴隷として請い願ったのは、この優秀な召喚術師である。
性格こそ曲がっているが、俺の知る上では――資料の上でも――この男はこと魔物においてはエキスパートである。
物理的に首綱がつけられるので、御するのは容易であろう。
「ま、間違いないです」
「かしこまりました、ではこちらにサインを」
そう言うと、受付員は契約書のようなものを俺に提示してくる。隅まで読んだ後、ペンにてサインをした。
――ダンジョンで見つかったという魔道具の効力で、奴隷は主の許可以上のことはできなくなっている。飼い犬に噛まれる危険がない、ということになる。
レンタル料である銀貨75枚を支払う。ゼノは比較的優秀な部類なので高くついたが、相応であろう。
「それでは契約完了です」
「……ありがとうございました」
受付員に礼を言う。
――奴隷、とはいえどうすればいいのか。
「お客様のような方にアドバイスさせていただいております」
――受付員が口を開く。
「奴隷となった者は、その時点で社会的なヒエラルキーが最下位になります。お客様との主従関係は確固たるものですので、いかなる命令にも逆らわせることはできません。――いいですか? 奴隷というのは、身分が下の者とは、物のようなものです。これはお客様の精神を鑑みて、僭越ながら忠告させていただいているのみでございます。何より、道具に逐一遠慮などしていればできることもできなくなります。――あるいは、すぐにでも返却いたしますか? 残り二日ぶんの料金は返金いたしますよ」
「――いえ、充分、です」
ゼノの方に向き直る。敵意は、隷属の効果で見せられなくなっているようではあるが。
しかし、俺にこの男が手に負えるのか。
――試してみることにした。
「――問題。ニューイングランドに住むマーチ家の四姉妹を主人公とする、オルコットの小説は何」
「……」
「若草物語。」
――ただの、自己満足である。
何も答えないゼノにさらに問いを重ねる。
「じゃあ次。古代ギリシャにおいて、他種族のことをバルバロイと呼んだのに対し、自種族のことを何と呼んだ」
「……」
「ヘレネス。次。その作中で初めて『ロボット』という言葉が使用された、カレル・チャペックの戯曲はなに」
「……」
「R.U.R.。次。フランシス・ベーコンが提唱した4つのイドラとは、種族のイドラ、市場のイドラ、洞窟のイドラと何」
「……」
「劇場のイドラ。……へぇ」
――とんでもない声が、俺の口から出た。
まるで、まるで――
「行くぞ。ついて来い」
これが俺ではないような。
これが俺であるような。
強烈な整合感と違和感を感じた。




