ダイヤと聖女
「はい、これで返済終わりだね」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
ハリーさんに礼を言う。
「ひ、ひとえにアンのおかげですね」
「逆よ、サブローがいなかったら無理だったわ」
「いいや! アンが――」
「何よ、サブローの方が――」
「いやいや」
「いやいや」
「「いやいやいやいやいやいや!!!」」
謙遜大会が勃発し、ハリーさんの鶴の一声がかかるまで終わらなかったことは、あえていうまでもあるまい。
「――それでどうなんだい? これからの予定とかは」
「そう、ですね。とりあえず所持金をもっと増やさないとなので。今回みたいなアクシデントがいつ起こるとも限りませんし」
あの邂逅の後、俺とアンで額を合わせて相談したのである。結果、二人で銀貨40枚もの金額を得ていたらしい。
俺は高い回転率でゴブリンを倒したし、アンも地球の料理の再現(それもアンのオリジナル)で小金を稼いでいるようだ。
どうやらあの後、物珍しい料理がある、なんて噂が広まり大繁盛らしい。俺も『夜狩り』の際には毎晩のように行っている。
俺も、珍しくその噂の吹聴に加担した。恥ずかしながら。
「そういえば、アンはいいんですか?冒険者やるよりも、あっちの方が天職だと思うのですが」
「うーん、それもそうなんだけど、こういう技術ってすぐ広まっちゃうじゃない。その時、私よりうまくアレンジをする人が出てきちゃうかもしれないし、そしたら私がサブローの隣に立てなくなっちゃうじゃない。それは嫌だから」
……どうやら、アンもアンで持論があるらしい。
俺には過ぎた妻だな、なんて思いつつまじまじとうなじを見た。
「なによ」
「いえ」
至福である。
「……はあ、まあいいわ。とにかく、今日も薬草採集でいいのよね?」
「はい、異論はないです」
今日も今日とて、順調な滑り出しだ。
――まあ、とはいえ寝ていないのだが。
さすがにアンに諌められたので、間をとって二日に一回はしっかりと睡眠をとっているのだが。
目指すは金貨レベルの所持金であり、現状では――ハリーさんに払わずにとっておいた分が銀貨80枚程度集まっているが、それこそ以前のような極大の出費がないともいえない。その程度まで集めたら『夜狩り』は一時中断でいいだろうか。
そんな風に考えた折。
バンっとギルドのドアが開けられた。
「聖女……」
隣で誰かが声を漏らした。
注視すると、なるほど確かにあのキャピキャピした雰囲気。間違いない。
しかし、何処と無く焦燥感がはらまれていうような気がするのはなぜだろう。
そのまま三つの影はギルドのカウンターへとまっしぐらにずんずんと歩くと、暫時職員と話していた。
――あまりいい思い出ではないのだが、だからこそ、その一挙一動に目がいってしまう。
どうやら口論をしているらしく、時折聖女の怒声のようなものが飛ぶ。
そのまま交渉は決裂したのだろうか。聖女の一人がダン、と床を踏み鳴らすとそのまま踵を返して通路の途中まで歩き、声高に言った。
「いぃ? 耳の穴かっぽじってよく聞きなよぉ? うちらに仕えて、リッチを倒しに行く奴らを探してんの。どう?光栄に思って欲しいっていうかさぁ。ねぇ?」
「そうだそうだぁ!」
「でぇ!先着のやつを!なんと銅貨5枚で雇う!チョー親切!」
おそらく、たった今この中の皆の考えが揃ったであろう。――いや、それはない、と。
「――だがここで教会とのコネを作れば――」
「――馬鹿、聖女なんて教会の立場はあってないようなものだぞ?やめとけ――」
そんな小さな相談が所々で繰り広げられていたが、意見は総じて触らぬ神に祟りなし、の方向へ向かっているようだ。
――調べたのだが、この世界における教会においては、聖女というのはなかなかに腫れ物のような存在らしい。
散財、暴言、その他狼藉。枚挙に遑がない。俺でもわかる。
それでも、いかんせん血筋があり、魔力も多いために追放なぞできた話ではなく。斬首などもってのほかである。そんなこと、前例として作ってしえば明日は我が身、上層部の首が今度は離れるかもしれない。リスキーすぎる。
考えてみれば、聖女から直々に呪いの治療なんて受けられること自体どこかおかしいのだが、教会ももはや彼女たちを縛ることができないために野放しにしているようだ。
『触れざるもの。スラム、ダイヤ、キツネに聖女』という慣用句もあるくらいである。
「はあ?てメェら、この聖女さまのご命令だぞ? てめぇらあとでどうなるかわかってんだろうなぁ!」
「そうだそうだぁ!」
「テキセツなソチとるからな、覚えてろよ?」
――誰も聖女の方を見ようともしない。
自分一人だけが何されるのが怖いからだ。俺も嫌である。断固として拒否である。
「――あっ、あの、僕、行きます」
断固としてきょ――って、え!?
「ちょ、さ、サブロー!?」
「サブロー君!?」
あ、あれー? 俺、何してんの?
なぜか天に突き立てられた俺の手を、苦笑しかけた頰のまま見ながらそんなことを考えた。




