睡眠
お金は、バレぬようにゆっくりと返済していく。
――まあ、とはいえハリーさんには既にバレているような気がしてならないが、きっと、きっと大丈夫だろう。多分。おそらく。
ギルドにもあまりいい顔をされないことは自明なので、多少値は落ちるが別口で換金している。それでも、日中より多く稼げているのでこの調子でいけばなんら問題はないだろう。
「サブロー、……なんか最近、顔色悪くない?」
「はは、何を言っているんですか。」
銀貨17枚。これが、始めてから一月経った今の『夜狩り』による所持金である。
――本心をいうと、疲れた。
一応寝てはいるのだが、それもせいぜい2、3時間だ。足りるはずがない。
ハリーさんへの返済分はもう用意できる目処がついている。あともう少し頑張れば、全額返済できるだろう。
何よりも効率が良い。ゴブリンの走光性を利用すれば、一晩に数個のコロニーを潰せるのである。
【延爪】チートで割と安全に狩れるので、なんら問題はない。
「……そう。ところでサブロー、『篝火の鬼斬り』には気をつけてね」
「……随分話題変わりますね。なんですか、それ」
「一月ぐらい前からある噂よ。草木も眠る丑三つ刻、殺したゴブリンの死体に火をつけて、それで他をおびき寄せて殺す、っていうね。正直言って眉唾ものだけど、その残虐さがいつ人間に向けられるかはわかったものじゃないから、子供への脅しとかによく使われてるらしいわ。――街中で、噂になっているのよ」
「――そ、それをどうして今」
「別に。サブロー、疲れてそうだから。サブローならそれにやられそうな気がして」
――そんな筈がない。
話を聞く限り、その『篝火の鬼斬り』は、俺だ。俺はそんな残忍非道な性格でもないし、俺が俺を殺せるわけがない。
俺はしらを切ることにした。
「な、何を言ってるんですか。そんな夜中の話、僕には関係ありませんよ……」
「そうね、ならいいわ」
「その通りです」
……しらを切れている、よな?
まあ、アンにはできればバレたくはないが、まあ万が一バレてもついていくなどとは言われないだろう。
――この前の一件がトラウマになっているのだ。暗い場所や闇属性の魔力が多い場所には近寄りたくないらしい。まあ、仕方ないといえば仕方ないとはいえ、そんな恐怖体験の後にもあんなに空元気を使わせてしまったのは申し訳ない。
「何か、欲しいものとかありますか?」
「どうしたのサブロー、急に」
「いえ、気まぐれです」
「無理よ、私たちには今お金がないの。どこかの値切り下手のアホのせいでね。そんなお金があるなら今すぐにでもハリーさんに返して来なさい」
「そ、そうです、よね……」
アンらしいといえばアンらしいのだが。
乾いた笑いしか浮かばなかった。
そんな様子を見てか、アンは右手の人差し指を立てて、彼女なりの要望を言った。
「じゃあ、私からの要望ね。サブローは、今日は私の隣で寝なさい」
――えっ?
「えっ、あの、ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか、それ。アンは僕に襲われるかも〜、とかうんだら〜、とか考えないんですか!?」
「襲われるもなにも、元から夫婦じゃない。合意の上よ」
「そ、そうかもしれませんが僕には無理です!」
「でしょうね、だから安心なのよ」
「なるほど! 理にかなってます!」
「……バカだやっぱり」
何をおっしゃいますやら。
……というか、気付くと退路を塞がれ、今日の『夜狩り』にはいけなくなってしまった。
悩ましい。
◆
夜になった。
「サーブーローー、勉強なんかとっととけりつけちゃいなさい」
「……はい」
アンからは、にげられない! その文言がよぎり、あまり語感が良くないな、などとどうでも良いことを考えて気を紛らす。
「そんなに良いことなんですか?」
「良いに決まっているじゃない。いっつもサブローは床で寝てるわけだし、たまには譲らないと、って思って」
「じゃあなんでアンはベッドから降りないんですか?」
「私が床で寝ても、サブローが降りてくるだけじゃない。それじゃあ意味がないわ」
「一理あります」
「ね? だからよ」
一理あるわけだが、それは――いや、それはまた別の機会にしよう。
壁際に寄るアンの隣に入る。
――あっ駄目だ。なんか、ものすごい背徳感。
この、この、あーいや違う。なんだろう。悪い事はしていない筈なのだが。
「……じれったいわね」
「ほんっっとすいません」
背徳感を押しとどめて、胸まで布団に入れる。
――あっ、いい匂いがする。
そしてここに来て、俺は!何をとんでもない事をしているんだあああああああああ! という焦燥にも羞恥にも似た何かが喉を痞えて、顔を真っ赤にする。ついでに――いや、それはいいだろう。
とにかく、やばいのだ。具体性なんかかなぐり捨ててしまうレベルにやばいのである。
「――ちょっと失礼するわね」
そうして、アンはその身を俺にぴたりと密着させて――
「おやすみ、サブロー。お疲れ様」
息が耳にかかる。熱が頰をかすめる。アンの声が、俺の耳朶に触れる。
まどろみの世界への急行便は、それだけで十分であった。




