失策
……クソ、何も思いつきやしない。
行き当たりばったりであんなことを言った、というのは事実である。全く勝てる算段もついていない。
――ならなんであんなことを言ったのか、というと……わからない。わからないけど、言わなければならない、気がしたから。
「ハリーさんは陽動で囮をお願いしていいですか! その間に僕が敵に小規模ながら弾幕を展開します。それを縫って、アンの雷魔法をゼロ距離で見舞う……僕が今思いいつけるのはこのくらいです」
「了解!」
「わかったわ!」
穴だらけの策だ。必死こいて立てたはいいが、むしろ失敗する危険が高いだろう。それでも俺なんかが策を立てたのは互いの信頼。ひとえにこれがあったからだ。
ハリーさんがそうやすやすとやられっこないことも、アンがやるときはやる女であることも、俺が知っている。一種の無謀な賭けだが、それを二人にベットすることは、俺には容易なことだ。
「【蛍火】!」
予め登録していた魔言を紡ぎ、直径一センチくらいの火の玉を無数に浮かび上がらせる。効率化を怠っていれば、こんなに多く展開できなかっただろう。
一撃一撃はピンポン球を当てられたよりも威力は弱いだろう。だが、それだって数を当てれば鬱陶しいことこの上ない筈だ。
ハリーさんが横を駆け、リッチの周りを挑発的に避けながら走り回る。射出していく【蛍火】にヘイトが向きそうになれば適宜魔法を当てて注目を再び引いている。流石は、といった手腕だが時折危なげな場面が見えるあたりそう長くは持ちそうにない。
「アン、よろしく!」
「行くわよ、【疾風迅雷】ッ!」
紫電を纏ったアンは、敵の死角――すなわち、弾幕が当てられているこちらからプラズマを残し疾く駆ける。
【蛍火】の応酬はアンの魔力を悟らせないためのカムフラージュでもあるのだ。
「喰らいなさい!【雷電閃耀】!」
その手に一際の電流を蓄えながら突き出す!
バリバリィッ! という電撃が走る。
「倒せた、の……?」
アンがこちらを向く。――不用意に。
「アン! 危ない!!」
その叫びはしかしアンを行動に誘うまでに至らず。
完全なゼロ距離から放たれた闇魔法は、【雷電閃耀】により魔力が不安定になったのだろうか、多少なり威力が弱まっているにせよ、そのアンの華奢な体を弾き飛ばすのに十二分な威力を誇っていた。
俺は急ぎ【蛍火】を中断し駆け寄って行く。
ハリーさんには、これも闇魔法だろうか、黒い靄のようなものがまとわりついてまともに動けそうにない。
――俺が、俺が助けないと!
リッチはその何もない眼窩に、しかしどこか怒りのようなものを湛えアンを見たかと思うと、その頭をがしり、と鷲掴みにして何やら魔法のような、そうでないような――紅い、邪な光の術式を展開して。
――【火球】、最大出力!
その腕のようなものに、出しうる魔力の全てを込めて打ち込んだ。後先? んなもん知るか!
流石に消滅なんか期待していなかったが、一瞬、その腕の輪郭がおぼろげになったところからアンをかっさらって行く。
勢いに身を任せ、重心がおかしなところにあるまま、ただひた走る。
「ハリーさん、動けますか! 撤退です!」
「わ……わかった!」
幸運なことに、ハリーさんについていた黒い靄も消えたようなので、法螺貝を吹くようにして撤退を請願する。
駆ける。走る。足が勝手に動き、ふくらはぎが痛む。
こんなハメになったのは誰のせいだ? ――自明、俺のせいだ。
俺が残ると言わなければ、俺があんな無謀な策を立てなければ、俺がアンを特攻に向かわせなければ俺がクエスト受諾を承認しなければ俺が後ろでコソコソ魔法を打っていなければ!
――俺が、生まれなければ?
ああ、駄目だ駄目だ。今すべきことを履き違えるな。今は反省会を打ち立てる時でも自己卑下する時でもない。
右足をより踏み込む。
「一旦、墓地から距離を置きましょう。ここの中は敵のホームグラウンドですが、わざわざ縄張りの外までは追ってこないのではと愚考します」
「了解」
残念だが、アンの治療はその後だ。
坂になっているのを転げるように走る。草の凸状になっているのに足を取られるが、根性で転ばないよう踏ん張ってダッシュ。
じとっとした風が顔に当たる。乳酸がどしどし溜まって行っている。ああ、早く、早く!
「あの小川より向こうは闇属性の魔力が希薄です! あとは知覚範囲から外れればこれ以上追われることはない筈!」
士気を振り絞り、一時的な目標まで――
勢いのまま踏み切り、小川を飛び越えたところで。
「【絶対落とし穴】!!!」
ハリーさんと共に、チートでできた穴に一気にダイブ。
アンを守るように受け身を取って、息が切れて咽頭がヒリヒリする状態で天井を仰ぐ。
リッチは穴を一瞥したものの、光、音、気配、魔力。全てを遮断した状態で流石にこれ以上深追いしようと思わなかったのか、そのまま墓地のあった方向へ去っていった。
――逃げ切れた、のか?
「アンの、治療……」
まだ息はある。腰からポーションを取り出して飲ませようとすると、ハリーさんに手で制される。
見ると、その手には見たことがないような純度のポーションが握られていた。
「いいんですか?」
「うん。今は救命が先だ」
しかし、飲み込むだけの気力が果たして彼女あるのか。それが問題だ。
ハリーさんも同じことに思い至ったようで、その手にもつポーションを俺に渡してくる。
――今更、外聞なんてどうでもいいだろう。
俺はその蓋を開けた。キュポン、といういい音が響いた。
そのまま、その内容液を俺の口に少し含む。
そしてそれを、アンのその瑞々しい唇に――




