捏ねる
「サブロー、あの穴、埋めておいたから!」
「はいわかりま――えっ?」
俺の朝はそんな馬鹿なという意思で始まった。
あの穴は結構広かったし、いつかのタイミングで埋めようとは思っていたがまさか一朝一夕で埋められるものではなかったはずだ。
果たして何を?
「何よ、覚えてると思っていたのに」
「……土魔法ですか?」
「そうよ、ちょっと手こずったけどね」
そうはにかみながら言う彼女について行って、広場に赴いた。
そして――絶句した。
「どう?これで何があったかだなんて分からない筈よ」
「いやそりゃあ、どこにあったかということ自体はわからないでしょうが……」
「……仕方ないでしょ、まだ魔力が少ないんだから」
開き直ってるよ。
確かに地面は綺麗にならされている。
ただ、それが周りよりも一段低くなっているし、地面がまるでかき混ぜられたかのように草の根が見え岩が顔を出している状況自体を鑑みると何があったのかというのは容易に想像できてしまう。
「確かに、既存のものを動かした方が魔力の消費量は少ないでしょうね」
「そうよ、文句ある?」
「い、いえ。確かに穴は危ないですね、早急な対処ありがとうございます」
「へー」
俺の言に対して猜疑的な感情を隠そうとしないアンを傍目にしながら、これはひどいな、と言いそうなのを堪える。
あー、ちょっと目眩がしてきた。
「そ、そうだ。その素晴らしい土魔法の威力が見てみたいのですが」
「なに、皮肉?」
「いえいえいえいえ、滅相も無いです」
目をさらに反らしながら、つーっと冷や汗が流れるのを感じた。
全く、余計なことを。――というのは胸の奥底に封じておこう。
「まあいいわ、見てなさい、これが私の土魔法!」
そう嗤い、 アンは手を前に掲げ――
「【アースクニード】!」
その手から地面へのリンクができたのが分かった。
そしてそれは、アンの意思をリンク先へ送りつけ、その通りに土が隆起、陥没していく。
感心している間に、それはミケランジェロのダビデ像――には程遠い、辛うじてそれを作ろうと頑張ったんだな、ということがわかるような人形になった。
「……特徴をよく捉えていると思います」
「サブローは褒めたいの? 貶したいの?」
「いえ、そんな……」
どうしてだろう、褒めているだけの筈なのに。
まあ中途半端な作りには違いはないが、この力は足場程度には活用できるだろうと思い近寄り手を触れてみる。
ぼろっと、その腕――と思しき何かが根元から折れて、地面と当たり土埃を巻き上げた。
……耐久性、なさすぎだろ。
「それはあれよ、土で作ったからで、石とか鉄を捏ねればもっと硬いものも作れるわよ…… 多分」
最後聞き捨てならなかったが、あえて聞かなかったことにする。
土だったから脆かったのであろう。そう言うことにしておく。
「……勘違いしてるみたいだけど、これは形を捏ねただけで性質は土そのものなんだから、そこは忘れないで。流石に何か力を付与するほどの力は私にもないわよ」
「はい、重々承知しております」
俺だって流石にそこまでを期待してはいない。どうやらちょっと夢を見てしまったようだ。この分だと地面から土の槍を出して攻撃、なんて言うこともできなさそうである。
まあ、できる方がおかしいのだが。
「そう言うわけで、これと、あと前にも見せた雷魔法が私の切れる手札ってところね。流石に雷をそのまま攻撃に使うのは本当に接触してるときじゃないと無理よ。土魔法は言うまでもないわね」
「なるほど、参考になります」
そう言いながらメモを取る。
――彼女は手札が少ないと言うが、その一つ一つは応用が効く素晴らしいものだろう。特に土魔法は洞窟内などに限られるがその機動力を格段に上昇させるのではなかろうか。
決してハズレではない。
――とはいえ、この短期間で能力をここまで昇華させるとは…… 本当に末恐ろしい。俺は魔法理論を磨いて上達しようとしているが、彼女はどちらかと言うとその天性で感覚的に魔法を使っているようである。どちらがより伸びるのか、というと俺は経験論で俺のやり方を推奨したい……ところだが、その結果があの地獄のような3年間だったのだからどちらがより良いかは簡単に天秤にかけられそうにない。
今思ったように俺は俺自身の――つまりしっかり理屈を理解する方法の方が伸びると信じているので、そうやすやすと勉強をやめようとは思わないが。
どの参考書を見ても、どの講師を受講しても全部『大事なものは努力である』と口を揃えて言っているのだ。信じるのも悪い話ではあるまい。
――と、話が脱線した。
「そ、それではギルドに行くとしましょうか。流石に昨日の分の補填をしないことには……」
「そうね、きっとハリーさんも困ってると思うし」
「そ、そうですね」
そう言い、俺はアンと共に、その広場を後にした。
――後ろで、まるで土の塊が崩れるような音がしたが。




