癖の強い
「魔力に突然の変化があったから来てみれば……。心配した私が馬鹿だったよ」
そう言う女将さん。
目に見えて焦燥を露わにしているアン。果たしてどう対処するつもりなの――グホォ!?
「ちょうどサブローがやらかして、今折檻してたところなんですよ」
「!??!!?!!?!?」
鳩尾に見事に膝が入る。裏切りおったな……!
ぺろりと舌を見せた。許さんぞ、ギルティである。
女将さんはといえば、その様子を見て頭を抱えている。
「はぁ、まあダメだとは言わないけどさ……」
「あ、あの、ところでここは入ったら出られない構造になってるみたいで、えっと――」
「はあ?何を言ってるんだい。こんな開放的な場所から出られない?」
そう言うと女将さんは流れるように魔力を繰り始める。
――ひさしぶりに見たがやはり凄い手腕だ。そしてコンマ以下の時間でそれを完了させると、地を蹴り一飛びで穴の淵から縁へと移動した。
――ええぇ?
「おかしいわね……。壁に触れてない時だけ出られない、なんてことになってるわけじゃないと思うんだけど」
「そう、ですよね」
不可解な。――まあ女将さんなら破壊したと言われても疑いようがないが、それでも光も音も抜け出せないこの穴を抜けるというのは生半可ではない筈だ。多少魔法が上手いから、という話ではない。
「えっ、何か、したんですか?」
「だから、何もしてないって言ってるだろう?」
そう言うが、確かに女将さんは嘘はつかない人だ。
ものは試し。無駄に培うこととなった独学ボルダリング技術をフルに発揮して壁を登る。とりあえず、さっきまで足場にしていた出っ張りを――あっ、崩れた。
――あれ、おかしい。さっきまではとんでもない硬さを誇っていたはずだが……。
ボロボロと崩れる壁に悪戦苦闘しながらも何とかその縁に手をかけ、登り切る。
――えええ?
「サブロー、なんかしたの?」
「い、いえ。特にこれといったことは」
「ふーん」
それでも彼女は疑いの目を向けることをやめなかったが、弁明しても無駄だと割り切る。
俺だって混乱しているのだ。まともな説明ができるはずもない。
「アンも登ってきてはどうですか」
「ちょっと無理ね」
「なんで」
「私に木登りの経験があるとでも?」
そう言って彼女はこちらに背嚢から取り出したロープを投げてよこす。
いや確かにアンに木登りの経験があるかないかで言われたらないけどそれは顕現してからの話で俺の中にアンがいたなら俺だって外で遊んだことぐらいあるんだからそのこと自体の経験は彼女にもあるんだし別に頑張ればこのくらい何とかなるんじゃないのか現に俺だってできたわけで――
「サブロー。ね?」
「あっはい」
投げられたロープの一端を穴の中に下ろしてやった。
――あの、めっちゃいい笑顔なんですけど。めっちゃいい笑顔なんですけど!?
もう一端を杭で固定し、耐久性に問題ないことを確認するとアンにゴーサインを出した。
アンはそのロープを伝って登ると、ぱんぱんと服についた土ぼこりを払う。
そうして、もうすでに宿へと背を向けた女将さんに追従するように俺は歩き、アンが走った。
――女の子も大変なんだなぁ。
◆
さて、恐ろしいチートが手に入った。
状況から考えて、なんの外的要因も加わっていなかったとすれば、おそらくこの【絶対落とし穴】チートは時間経過で効果が切れる、というものなのだろう。
まあ、あくまで俺の推論だが。
全く、予想はしていたがとんだチート群だよ本当に。
俺は、手にしているペンで頭をトントンと打ちながら考えた。
紙はその三分の一ぐらいしか埋まっていない。
「で?何か使えそうなの?」
「さ、さあ? ただ、一つわかることは、あれは魔法ではないということです」
「魔法じゃない?」
「はい、だから多分、魔法と同じ制御の方法ができなかったんだと思います」
現に、魔法なら顕現させた後もある程度は制御は効くが、そんな手応えは一切なかった。
もしこの仮説が正しいのであれば、アンに向かって撃とうとしたのに俺の足元に穴が出現したことにも説明がつくだろう。魔法的な制御ができないならば、発生点を設定できるはずがない。
「サブローに似た厄介なチートね」
「えっそれはどういう」
「どうもこうもないわ、そのまんまの意味よ」
言葉の意味に頭を悩ませかけたが、このような言動はアンの標準状態だ。俺以上に普通な人間などいないと思っている俺にとっては全くもって不思議でならない。
「サブローは一回自分を見つめ直すといいわ。……それで? 今、私暇なんだけど」
「鍛錬するでも何でもすればいいじゃないですか」
「随分とぶっきらぼうね」
「すいません」
そうは言いつつも剣を携えて出て行ったアンを目尻で追った後、再びそれを紙の上に戻す。
ブレインストーミングにあった『アン』の文字にビッと丸をつける。
使えうる手段を検討しながら、その文字から右に線をビーッと引っ張った。
ほんと、癖の強いチート群だよ。




