貉
「駄目そうね……」
「流石に万策尽きました……」
底に大に寝そべる。そりゃあ、もう何時間もこんなところにいれば飽きるし、なによりこのまま出られないかもしれないという焦燥感が俺たちの息を荒げていた。
こんなもんどうすりゃいいんだよ。そういうどうしようもなさが徐々に不安に変わっていって、そしてそれは――爆発した。
「元々はサブローが向こう見ずでやったからこんなことになったんじゃない、責任取りなさいよ!」
その感情の動きは俺とて違いはなく、ちょうど彼女の言葉を起爆材にして怒号を渡す。
「すいません! ですが、ぼ、僕だけを非難するのはおかしいと思います! アンだって入って来なければよかったじゃないですか!」
「はあ!? それはサブローが心配だったからで! まさかこんなことが起こるなんて――」
「僕だって知りませんでしたよ! 向こう見ずはアンもです!」
「何よ、私に楯突こうって言うの⁉︎」
「それは……す、すいませんでした!」
渋々引き下がり、最後の抵抗にちょっと睨むと彼女もバツが悪そうな顔をしている。
「さ、サブローのせいなんだから。私には非はないわ」
俺とてアンには非はないことなんて分かっている。だが、俺に非がないことも確か……だと思う。いや、確かなんだろうから、一方的に非難されるとなると腑に落ちない。感情的に納得できないのだ。
どかりと座り、夜の曇天を見上げる。
この落とし穴は来るもの拒まず去る者は絶対に許さぬというウナギの罠みたいな構造になっているから、外から入ってくる光を視認することはできる。
【燃費下落】チートが働いているためもう落ちてからの約6時間で二食もしている。兵站が尽きるのも時間の問題だろう。
アンは未だに我慢しているようだが、排泄関係の問題も結構重大だろう。
それに空気の問題もある。空気もこの落とし穴から出ないのであれば、最悪窒息死もありうるのだ。むしろ今まで死んでいないのが奇跡と言えよう。
ただ、対策に何が出来るかというと何も思い浮かばない。それはさっき俺が言ったように万策尽きたからであり、荒唐無稽な方策であれ行ったのだからもうどうしようもないのだ。
険悪な空気が流れていく。
意地の張り合いをしながら、天球を星が周り月が周りそして太陽が周り――
正直言って空腹も至れりという話だ。まさか一夜を越すなんて思ってもいないから、備えだってあまりない。熱も逃げないので、凍えたりはしないのが幸いか。
考えればこの世界に来たのも穴に落ちたから、だったか。そう考えるとむしろ縁のようなものを感じないこともない。が、そんな腐れ縁なぞこちらからごめんである。
そして、日が東を登り南を駆け西を降って――
「もう一日経ったのね……」
アンが、悲壮というよりはむしろ感慨のような声色で言った。
「ねぇ……その、私も悪かったわ。サブローにだってどうしようもできなかったのに、その……」
「……」
うるさい、わかってる!
でもちょっと、いま、話しかけないで欲しい。この、なんだろう、煮え切らない気持ちがどこかに消えてから、ならいいんだが今は無理だ。
アンはそんな俺の心の動きを知ってか知らずかため息をひとつ吐く。
――ため息を吐きたいのはこっちの方もである。憎悪、とも違う。なんだろう。
「……出られそうにないわね」
「……そうですね」
このまま落とし穴から出られなければ、おそらく99%以上の確率で、俺たちは死ぬ。
この関係のままだったら、絶対に後悔しそうだ。とは思いつつも意地を張っている俺がいる。
打開策を見出すこともできず、無言で時間が過ぎる。
夜の冷ややかさが、俺を覆った。
弱い。意思が、そして、俺自身が。
アンは少し困ったような顔でこちらを見ている。
思えば彼女は、被害者、である。
そもそもはといえば、俺の浅慮が原因なのだ。アンは巻き込まれた挙句、俺に勝手に鬱憤を向けられている。
――これでは、駄目だ。
「サブロー?……どうしたの?」
「……そ、その、すいま、せん、でした……」
だからこうやって、唇を小さく震わせた。
精一杯、だ。
「……同じ穴の貉、かぁ」
その整った耳朶に幸い入ったのだろうか、アンはそんなことを呟いた。――そして。
「こっちこそ、ほんとごめん! サブローの気持ちとか、何も考えてなかった!」
90度の深謝を見せるアンから、半歩後ずさる。焦燥感がたぎる。
「き、い、いえ、悪いのは僕です。アンが謝らなくても――」
「ううん、今はちょっと、謝らせて」
真剣さが垣間見えたので、俺は口を噤んだ。
俺なんか、謝らなくてもいいような路傍の石なのに。そう思うと申し訳なさが胸を占めていく。
「私はサブローに謝る価値があるから謝ってるの。だから、そんなこと考えないで?」
図々しくもそう言い俺に寄ってくるアン。
俺の背が壁に当たった。
価値がある? 馬鹿を言え、俺みたいな替えのきく歯車――いや、それの動きを悪くする皮脂汚れ程度の男に価値なんてあったら、世界のゴキブリにも黄金の価値が生まれるだろう。
つまり、ありえた話ではないのだ。
「僕には謝られる道理がありません。親の金は予備校に投げ捨てるような、そんな人間です。だから謝らないでください。見返りが用意できません」
「見返り? ……あっそ」
言葉とは裏腹に悪戯をする子供のような表情を浮かべた。
「――じゃあ、これが私にとっての見返り、だから」
ふっ、と包み込まれるような――いや、ような、ではない。なんだこれ。俺はこれを表現する適切な表現を知らない。
吹く夜風から守られる、暖め合う感覚。
――抱きつかれている。気づくまでに数十秒の体感時間がかかった。
……えっ?なんで?
「これでチャラ。――文句は、ないわよね」
「えっ、えぇぇぇっ? あっ、はい。多分ないです。多分」
直立不動の棒立ちのまま喉が動く。
頭の中ではパタパタとせわしなく情報処理しているが、どうやらそれは未だ完了しないようである。
顔を赤くしたり、かと思ったら一気に青くしたり。百面相を繰り広げながらも俺は甘んじて受け入れていた。
――次の、一瞬までは。
「あっ、あっ」
「何? サブロー。なんでも聞くわ、このくらい謝罪の範疇よ」
「いや、あっあの、後ろ……」
古びたブリキ人形のようにギクシャクとそこを指す。
だってそこには――
「全く、何やってるんだいあんたらは」
――そうだ、ここは一応宿の前なんだっけ。




