落とし穴
あれからというもの、ハリーさんのいない日にはゴブリンを狩りに行っている。
できればハリーさんがいる日には薬草採集がしたいので、ゴブリン狩りはアンと二人で行っている。
今のところ怪我も負ったことはないし、順調に金策になっていると思う。
それに実践経験も積めるので、一本で二度美味しいというものだ。
血糊を拭き取りながら考える。
――血糊といえば、俺の持っているこの剣はもう三代目になっている。
俺の【燃費下落】チートはそこかしこに酸化の弊害を発生させるようで、俺が触れたものは錆びや燃焼が進行しやすいという性質を帯びてしまうようだ。
血糊をほんの少し放っておいただけで錆びて使い物にならなくなってしまうので、こまめな手入れが必要だ、と言うことである。
――ちょうどゴブリンが接近してきたか。
「来たわね……数が多そうだけど、どうする?」
「……どう思います?」
「質問を質問で返さないで」
「そうですね、すいません」
「はぁ……。まあいいわ、敵は全部で五体ってところね。勝てる、とは思うけど」
「でしたら……僭越ですが、僕が接近前に数体削りますので」
敢えて音をたててこちらの存在を知らしめてやる。――あたかもゲームのエンカウントのようだが、ここには命のやり取りがある。0と1が動くだけではないのだ。無論、俺が死ぬ場合もある。
ゴブリン相手では怪我を負ったことがないからつい忘れそうになってしまうなぁ。
「【溺水】」
藪を割って出てきたゴブリンのうち三体の顔面に魔法で作った水を射出する。
顔に表面張力の高い水が貼り付いた瞬間、ゴブリンは息ができぬと悶え、そのまま絶えた。
――本来なら窒息にももっと時間がかかる筈なんだよな。
基準がよくわからないが、少なくとも俺が射出した魔法には【燃費下落】チートが働くらしく、顔を覆われると呼吸に必要な酸素の量が増加するらしい。
残りの二体がギョッとしている隙にアンの剣が閃く。
ーーあっさりと終わった。
「……すごいですね」
「そうかな?」
「はい。多分僕にはあんな動きは到底……」
「サブローならできるわよ。そっちこそ、スキルもないのに魔法を三つも同時展開しちゃうなんて、私でも並みじゃないと思うわ」
「ですが……」
「はいはい、すごいですねー」
アンに流されてしまったので俺は口を噤んだ。俺なんかよりもすごい人なんて星の数ほどいるというのに…… アンは時々俺を過大評価している節があるんだよな。いつか是正したいものだ。
膝をつき魔石を取り出していると、体に何かが満ちていくのを感じた。
ーーまた、レベルアップか。
手早く取り終えると、すかさずステータスを表示させてみた。
[ 大村 三郎 Lv.15
筋:15
魔:18
抗:9
技:16
スキル:採集、着火、火球、湧水、溺水、刺突、撫斬
魔術適正:火、水
リンク:アン(配偶者)
チート:延爪、燃費下落、御見合い、絶対落とし穴
ギフト:チート取得]
やめよ? またチートが増えてるけど、このなんかよくわかんないのやめよ?【絶対落とし穴】ってカッコよくルビを振ったところで意味わかんないんだけど。
「へー、面白そうな名前のチートね」
名前は、な。
前例が前例なのでこんなところで発動しようものなら何が起こるかわかったものじゃない。
大体【絶対落とし穴】ってなんだよ、『絶対』を落とし穴という単語につけた意味がわからないんだけど。絶対どうするんだよ。絶対落とすのかよ。なんだその自信。どっから来た自信なんだ。
……そしてアンがこちらを見ている。
「……なんですか?」
「ふふ、珍しいなーって」
「……えっ、とぉー?」
「なんでもないっ!」
そんなことを言いつつもニヤニヤと俺の方を見るアン。どちらかというと、テレビで動物特集をやっていた時の母の顔に似ている。
「と、とにかく! 消耗がないようでしたら次に向かいましょうか!」
「そうね、そうしましょ」
気分がいいものではなかったので話を逸らしてしまう。――声が裏返った気がするが気のせいだ、気のせい。
その後もいくつかの小隊とはぐれを潰して、さっさと街へ帰ってしまうこととした。
何より、この【絶対落とし穴】とはなんなのかに興味が向いたのだ。ちょっとアンに無理を言ったが、快諾してくれたようで何よりである。
「じゃあ、ちょっとやってみたいと思います。受け身の準備の方を……」
「了解っ」
そういう訳で、いつもの宿の前の空き地に立っている。アンの下に落とし穴とやらが出てくるように意識しながら、紡いだ。
「あ、【絶対落とし穴】」
瞬間、俺の体が宙に浮き――ってえっ⁉︎
ドスンという衝撃を感じた。幸い穴は2、3メートルといった高さで登れないこともなさそうだ。
「うわー、制御しくったかな」
独りごちると、壁に反響した。
「サブロー! 大丈夫⁉︎」
アンの声だ。
「はい!大丈夫ですぅ!」
「……おかしいわね、この中に落ちたと思ったんだけど」
……ん? なんか、会話が噛み合ってないような気がする。
「サブロー! いるなら返事して! サブロー!!」
「いやだからいますってばぁ!」
叫べども叫べども聞こえていないようだ。――一体どういうことなんだ?
「まさか……! いや、そんな…… 嘘、よね……」
段々と目が充血していく。生きてるんだけどなぁ。
何に思い至ったか悲壮な表情のアンだったが、その後何を決意したのか精悍な面持ちを浮かべ、穴の中に――身を投じた。
「サブロー! 今助け――って、あれ?」
「いやだから生きてますって」
その身を受け止めつつ、そんなことを言う。
アンは、その端麗な顔が、くしゃっと歪んで――
「サブローの、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「すいませんすいませんすいませんすいません本当にすいませんっ!!」
やけに、声が響いたような気がした。




