買い物
あの聖女トリオのことを考慮に入れた結果、ハリーさんがいない状態での薬草採集はやめた。流石にそこまでして抵抗する必要性も感じなかったしね。
その結果、ハリーさんのいない日が休暇ということになってしまった。で、別に俺としてはどうにでもなるのだが
「サブロー、退屈なんだけど」
あの、アンさんや、駄々をこねないでください。勉強の邪魔です。
まぁ、まさかこんなこと口にできたはずがないんだが。
「けち」
ぐぁぁぁぁぁ、ヤメテ! 腹いせにノートに水掛けようとしないで!
「わかりましたよ……」
俺が折れてしまった。ハナから勝てる戦じゃなかったのである。
「どこに行きたいんですか?」
「私だって冒険者なの、お金余ってるんでしょ、装備とか買ってよ」
あら意外。てっきり服屋だとか、そういった時間のかかるところに行くと思っていたのに。
「もちろん、服屋にも行くわよ」
アッハイ、承知しました。
言質はとったぞと言わんばかりに急かすアンを頑張ってなだめつつ、外出の準備をする。
この世界に来てちょうどの時ならいざ知らず、今の俺には多少は娯楽に回せるお金の余裕もあるので、ある程度なら彼女のショッピングに付き合うことができる。
初めてのお買い物デート、というやつだろうか。
予備校に通ってた時はこんな余裕はなかったから、少し感慨深い。
同時にこんなことしていていいのかという自問もあったが、あまりにアンが急かすのでどこかへ消えてしまった。
――ということで、俺は今、待たされている。
女子の買い物は長いというのはどこの世界においても同じようだ。
甲斐性なしと言われるのはなかなか癪なので根性を総動員して待っているのであるが、いかんせん長い。長い。
まあ確かにどの服を選んでもアンは可愛いのは肯定するが、そういった問題ではないのだ。
俺と半生以上同じ視覚を共有していたというのに、美的センスが俺と正反対だから意見しても聞く耳を持たれないというところもある。
だからこうして木偶人形のようにつっ立っているわけである。
おのれ、誰だよこんな苦行を承諾したのは。……俺だった。
「サブロー、この服可愛いと思わない?」
「あ、そうですね、そう思います」
「こっちとだったらどっちがいいと思う?」
「……僕に聞かないでください、どちらもいいと思います」
俺に決めさせないでくれ、優柔不断は伊達じゃないんだ。
「わからず屋よね、サブローって」
「……そうでしょうか?」
「そうよ」
それほどだろうか、と頭を悩ます。
せいぜいやってご機嫌取りぐらいだ、暇なことこの上ない。
それからも、足が棒になりそうなほど立って、立って、立って立って立って――
遠くの空でカラスが鳴いた。
……本当にカラスかどうか些か気になりもするが、確かめる術もないし、今はそれどころではない。
重い。両手に持っている買い物袋がやたらと重いのだ。
その癖アンは何も持っていない。手ブラである。
……俺が持ちます、とか言わなければこんなことにはならなかったのであるが、流石に俺の想像の倍以上も買うとは思っていなかったのである。
そして身体もそうだが、お財布がやばい。なんというか、貢がされている気分になる。
「……ちゃんと働いてくださいよ」
「もちろんよ」
本当か? と思いつつ、まじまじと彼女の容姿を見直す。
無骨な革ブーツ、金属の胸当てにロングソードという組み合わせだが、なるほど時間をかけただけありその下のソックスや肌着にワンポイントの工夫が見られる。
――と知った口を叩いているけど、実際何がいいのかはさっぱりである。
ただまあ、なんというか
「……似合ってますね」
「そう? ありがと!」
なんというか、彼女が嬉しそうならなんでもいい気がしてきた。
実際アンが満足すればそれでいいし、事実アンの艶やかな黒髪と健康的な白い肌によく似合っているので文句はない。
強いていうなら買い物が長い、というのが文句だろうか。
やっとのことで帰路についた。
宿の前、いつも訓練を行っている広場まで来ると、アンが唐突に新品の剣を抜く。
「さあ、手合わせしよう!」
「……言うとは思ってましたけど」
まあ、せっかく買った武器防具の性能を確かめたいとなれば、そうなるよな。
買い物袋を地面に置き、携帯していた剣を抜く。
文字通り、真剣勝負ってところか。
「……先手は譲ります」
「いいの? それじゃ――」
――咄嗟に防ぐ。金属音、そして衝撃が走った。
――このままカウンターにかかりたかったが、難しいか。
「なかなかやりますね」
「サブローこそ――ってうわぁ⁉︎」
チッ、【火球】を打ったんだがかわしたか。
「殺す気⁉︎」
「まさか」
まさか、かわされるとは思わなかったが。
無論出力は抑えたので当たったとしても死ぬことはないだろうが。
身体を落とし、力の緩まったアンの剣をいなして懐に潜り込む。
勝ちを確信し、剣を振り抜こうとした瞬間。
アンは紫電を残して目の前から消え失せ、冷ややかな気配が首筋に当たる。
「私の勝ちね」
ふふん、と言わんばかりの誇らしげな声が後ろから聞こえた。
眼球だけを動かして背後を見ると、にこやかに勝ち誇ったアンが見える。
「えっ……」
どうしてあの一瞬で? 驕る訳ではないがあれで当たらないこと自体おかしいだろうに。
「雷属性の魔法よ。体に電流を走らせて素早く動けるっていうね」
笑っているアンだったが、相当無理していたのか不意にその笑顔が崩れ、彼女は膝をついた。
「ただ……魔法の精度が低いし、ただでさえ体に負荷をかけるものだから、結構キツいんだけどね」
顔に汗を滲ませて言う。精度が低いと言っているが、ほんの数日でここまでできるって、下手したら物凄い才能なんじゃないか?
顔が綻び、同時に引きつった。
「サブロー、考え事してるところ悪いんだけどさ」
肩で息をしながら、アンは口を動かす。
「ちょっと、動けない……かな」
「……何やってるんですか、自分で責任を取ってくださいよ」
「けち」
――しばらく、そのまま二人ともじっとしていたが、残念ながら俺が耐えられなかった。
「ちょっ、さ、サブロー! いきなり何するのよ!」
動揺するアンを、お姫様抱っこをして部屋まで送っていく。
やはり無理していたのか、すぐに抵抗しなくなり、すぅ、と寝息を立ててしまった。
――自我を持って初めての買い物にはしゃぎ過ぎたのかもしれない。
はあ、とため息をつくのとは裏腹に、俺の表情筋が上がっているのを感じた。
「全く……」
簡単にアンの防具を外し、毛布をかけてやってから、俺は机に向かったのであった。
――ちなみに、戦う前に置いてそのままにしていた買い物袋は、この後すぐに気付いて回収しに行った。危ない危ない。




