薬草狩り
薬草狩りである。
召喚されてから約半年、手がかじかむ季節になったわけだが、まさに紅葉狩りならぬ、と言ったところか。
まあ、かじかむとはいえ体を動かしている以上大したことはないんだけどね。
いつもの平原でいつも通りの感じだ。
「ハリーさんはあの……ギークさんと知り合いなんですか?」
作業片手間にそんなことを訊いてみた。どうもギークの話からハリーさんの名前が出てくることが多い。
「ああ、ギークはね、僕と同時期にギルドに入ったんだ。なんだかんだの腐れ縁でね」
……それ以上は特に語ろうとしなかったので、俺も聞くことはしない。空気は読める男なのだ、俺という男は。
「あっ、じゃあハリーさ――
「シッ!」
突然、さっと手を出して俺を制するハリーさん。
慌てて、切ろうとしていた剃刀を止めて様子を見る。
――ゴブリンだろうか。しかしハリーさんがここまで警戒する相手か?
警戒を怠らないハリーさんだが、――風の隠蔽魔法⁉︎
「ハリーさん! 後ろ!」
叫んだ。
がばりと振り返ったハリーさんだったが――遅すぎる!
「ざまあねえな、ハリー!」
現れた男がハリーさんを押し倒した。
「お前は――ギーク」
「あ?」
目を疑うことはしない、現れたのは以前とは異なる鎧を身にまとったギークであった。
――だがしかし、ギークにはここまでの魔法は使えないはずだ、つまり。
俺は警戒レベルを最大にした。
まだいる。
幸いというべきかギークの手はハリーさんでふさがっている。俺は腰の剣に手をかけ、一気に引き抜いた。
隠蔽魔法が見えている。
俺が魔法の勉強をしていなかったら、魔法を使った事がなかったら、きっと気がつかなかった。
しかし、包囲されているようだ。その事実がわかったところでどうしようもない。
即興で攻撃用の火の玉の魔法を作り、その中の一人にぶつける。
――だが、直撃したはずなのにまるで何もなかったかのような飄々とした態度を浮かべている。
馬鹿な、流石の俺の実力でも、火傷くらいは必至だったはずだが。
っと、その時俺は後ろからホールドされた⁉︎――馬鹿な、魔法反応はなかった……いや、あえて魔法を解除していたのか。
からん、と剣が地面に落ちた。
くそ、やっぱり魔力の感知なんて慣れていないことをを命がかかるような現場で試すべきじゃなかった。
そこで、敵連中は姿を現した――いや、魔法を解除した、のか。視覚的に認知できるようになった。
目に入るだけでざっと5人――ギークや俺を押さえている男、そして俺の後ろにいるであろう分を合わせると10は下らないか。
全員がギークと同様の鎧をつけており、装備も整っているようだ。
――あの鎧、何処かで見たような気がするが…… どこだったかな。
にしても、まずい。何もかもまずい。
ここは比較的近いとはいえ街の郊外だ。救援?無理無理。
何の目的があるのかは知らないが、襲われたからにはどうにかしないと。
必至に身体をもがかせるが、ステータスの差がある。
ぐっ……なにかいい方策はないのか?浪人生の数学的思考能力仕事しろよ!
「変に抵抗するんじゃない。死ぬのを早めたいのか?」
主導権は残念ながら向こうにある。このホールドを仮にどうにかできたところでその事実には何ら影響しないだろう。
くそ、しかも今の言いようでは遅かれ早かれ死ぬようじゃないか、冗談じゃない。
何とかしないと。しかし変に事を起こして死期を早めるのはまさに愚か。
「ギーク」
「うるせえ!」
ハリーさんのほうもなかなかにまずい。テクニックタイプのハリーさんだ、このシチュエーションではどうしてもパワータイプであるギークに軍配が上がってしまう。
――畜生。
「おやおや惨めですねぇハリーさん」
賊の中で最も偉いのだろうか、男が話しかける。
「ぐっ…… 誰だ」
「忘れられるとは心外ですねぇ、貴方には私の崇高な計画を邪魔されたというのに!」
男がまくし立てるが、ハリーさんは本当に覚えてないのか、心当たりを探っているようだ。
「こほん、では改めて自己紹介を。私は"元"騎士団第37部隊隊長、召喚術師のゼノと申します。お見知り置きしておいてください」
第37騎士部隊…… 確かこの間のギルドのニュース記事に乗っていた部隊だ。壊滅したと載っていたが――
「ああ、あの失敗作連中なら、露見する前に始末しておきましたよ」
失敗作……?
――そういえば、例の記事の内容に『ゼノの悲劇再来か』などというものがあったが。
何でも、奴は召喚術を応用して魔物と人間を融合させるという実験が水面下で行っていたらしい。その後、有志の冒険者――おそらくハリーさんによって阻止されたらしいが。
……仮に、奴の部隊であった第37部隊の騎士達は全て改造されていて、そのうちゼノが検挙された際にバレなかった『失敗作』を先日、リスクヘッジのために『処理』したとすればどうだろう。
――ありえない話ではない。
見たことのある鎧を着ていると思ったが、あれは騎士団のものを強奪したものだと考えれば辻褄が合う。以前見た書類にはあの鎧は魔法、斬撃、打撃に強いミスリルが用いられていると書かれていた。道理で魔法が効かないわけだ。
「――さて、貴方らの命運は決まっているようなものですが…… 私とて外道ではありません。最後に、貴方……サブローと言いましたか? せいぜい足掻いて見なさい」
ゼノが合図すると俺を押さえていた男のホールドが解かれた。
……っく、こいつ、俺があの鎧をミスリルだとわかっている上で言ってやがる。
「チャンスは…… そうですね、5分間のみです。私達は一切手を出しませんので、存分にどうぞ」
――舐めやがって。
最も良い手段はハリーさんを解放し、共闘して敵を殲滅する方法。だが、ギークに俺の実力がかなうか、というと否としか言えないし、仮に猫騙しのような手段を講じたとしてギークが離すとは思えない――と俺の経験が言っている。
そして突然、賊が口を開いた。
「あーっ、なんてことだー。ゴブリンがおそってきたー」
「たいへんだー、でもおれたちはてがだせないー」
棒読みの演技を聞き流しつつ、キッとゼノを睨みつけた。
ゼノは心底嫌味な顔で肩を竦ませる。
どうせ召喚術で喚んだんだろう。
案の定、賊を無視してゴブリンは俺に向かってくるわけだ。
きっと俺ならゴブリンでも殺されるだろう。自信がある。
――悲しいなぁ。
兎に角、この状況を打開する方策を考えることが先決か。
一旦剣を拾い、国語、数学、英語、化学に生物から物理や地学、ひいては日本史――は使えないが、本当に隅々に至るまでの知識を総動員して、考える、考える、考える――
――そして俺は、バレぬようにニタリと嗤った。




