ツーカー
途中、第三者視点に変わります
今日はギークの気がたっているらしい。
証拠に、俺を殴る手が痛い。
全く……しかもその原因ときたら
「クッソがァァァァァァァァァッ!またか!またハリーなのか!」
これだからなあ。
それもどうも聞いてみるとこいつが悪い。
なんかこいつとハリーさんで同じような仕事を受けたのに、成功報酬が少なかったとかで不満があるらしい。
いや、以前にあんたが俺に仕事の成果を見せてたときなんかもひどかったんだからな。あんなもん毛皮じゃなくてもはやゴミだ。
村なんかで狼藉を働いた回数だって片手では数えられないだろう。
素行が悪くちゃあどうにもできないんだなぁ、これが。
いつもよりも虫の居所が悪いのだろう、証拠に、いつもは流石に自制からか目立った外傷は残さないように殴るのが、今日は骨も折れそうなほどだ。
ったく、本当に。
――とまあ、殴られつつも異様に冷静にものを考えているわけだが。
妙な特技ができたな。
結果、解放されたときにはもう日も傾いていた。
収益があるわけでもなくただ徒らに時を過ごした感が半端ないが、まあ『会社の上司の飲み会に付き合う部下』のようなものだと割り切る。
人生、そんなもんだ。
さてと、宿に戻りますかね。ロス分の時間を取り戻さないと。
一応依頼を受注したことになっているので報告してから(もちろん俺に取り分なんてない)ギルドを出ようとしたところ、見知った顔を見た。
――ハリーさんか。
「……お疲れ様です」
今絡まれたら、ギークもまだ中にいるわけだし色々と面倒なので適当に会釈して立ち去ろうとした。
「――待ってサブロー君、その傷は誰にやられたんだい?」
あちゃ、と頭を抱えたいのを抑えて彼に向き直る。
「……」
「……」
暫し、無言。
「――転びました」
言ってから更にあちゃ、と思った。いやいやこれはない、と。
「……そうか」
誤魔化せたのだろうか。これは誤魔化せてしまったのだろうか。
希望的観測を織り込みつつ俺は再び顔を伏す。
「……失礼します」
残念ながらコミュ力の限界である。俺にはこの状況を打開する方法を見いだすことができなかったので、そそくさとその場を逃げるように去るしかなかった。
「――全く、何やってんだか」
そう言ったのは誰だったか。
◆
三郎が去った後のギルド内。
ハリーは手早く依頼報告をこなしてから、ギルドに併設されている酒場に向かった。
案の定、そのカウンターにはギークがいる。呆れ返りそうな気持ちを抑えてハリーはその隣の椅子を引いた。
「こっち失礼するよ」
「あ?――チッ、」
露骨に嫌な顔をするギークだが、流石に『同期』の顔は殴れない――なんて温い感情ではなく、ハリーを敵に回せばどうなるかを身をもって何度も体験しているから、言いがかることはしない。
この男に直接の鬱憤を晴らせないから三郎を苛めているというのもあるのだが、そんなこと悟られた日には、と思うとギークは軽く身震いした。
「……その様子だと、僕が何の――いや、誰の話をしたいのかはわかっているようだね」
ギークは奥歯を噛んだ。クソ、と言うのを我慢しながら。
ハリーはその様子を横目に見つつ、ビールを一杯注文した。
「別に、僕からはなんの話もしないよ。できる限り見守るっていうのが僕の『依頼』だからね」
チャリン、とハリーはロケット――普段は軽鎧の中に入れているそれを取り出し、再びしまった。
言外のニュアンスぐらい、すでに3杯は飲み干したはずのギークにも鮮明に――まるで酒なんか一滴も飲んでいないかのように理解できた。
この男はいつもそうだ。
何も、言わない。
何も言わないけれど、いや、何も言わないからこそ、この男の言いたいことが伝わってくる。
「お小言はそれだけか?」
ハリーが何も言わないから、ギークも『何も』言わない。
ただ、外に呆れと嫌味と怒りと、少しの――を込めて言う。
「……そうか」
ハリーは少し眉を下げたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、既に置かれていた酒に手をつけることなく、ハリーは再び席を立つ。
「それは君への奢りだよ」
後ろ姿を見た。
ギークはぐいっとビールを飲み干し、さっきできなかったのとは別で「クソッ」と呟く。
……調子を狂わされる。
ギークが去った後のカウンター席には、口のつけられていないビールが一個あった。




