水の子守謳 ‐‐伍‐‐
「じじい。なにか用なのか?」
屋敷の庭で何やら作業をしている花仙に不機嫌そうに尋ねる蓮仙。
その声に振り返り こちらもまた不機嫌そうに眉をしかめる花仙。
どこまでも 仲の悪い親子の様子に命は小さくため息をつく。
「何か用かではないわ。お前どこへ行っておったのだ。」
「あ?天悟丸を抜きに“虐神の倉”に行くと言ってあっただろう。」
花仙は目を丸くし 焦った様子でキョロキョロとあたりを見渡す…
と同時に
ドガシャーンッ
屋敷の門が煙を立てて崩れさる。
モクモクと上がる砂煙の中からパタパタと体を振りながら
現れたのは まさに天悟丸だった。
「ああああああッ!!やはりか!どうして貴様はいつもいつも屋敷を破壊しながら入ってくるのだ!」
頭を抱えながら叫ぶ花仙の事など気にも触れず
天悟丸はズシズシと庭に入って来る。
『久しいのお。老人。まだ生きておったか。』
「やかましい!老人ではないわ!犬コロめがッ!刀の中に入ればいいものを!!」
『あの中は窮屈でならんわ。』
そう言いながら大きな欠伸をし、庭の池の中へとザブンと腰を下ろした。
「ああ!其処から出ぬか!馬鹿者!」
「じじい。天悟丸の事はもういいから、用件を話せ。」
池から天悟丸を引っ張り出そうとする花仙は蓮仙の言葉にハッとする。
「おお。そうだ。此れを。」
花仙は胸元から何かを包んだ風呂敷を取り出す。
そしてその風呂敷の中身を広げて見せた。
「…ぞうり…でありんすか?小こいでありんすね。」
風呂敷に包まれていたのは 泥だらけの草履だった。
その小ささから 子供の物だという事が分かる。
「これは?」
草履を見せられただけでは いまだピンとこない蓮仙と命。
その様子に呆れたようにため息を付く。
「これはの、昨日、骸池で見つかったのだ。」
「骸池ぇ?」
変な声を出しながら命は首を傾げる。
「ああ、お前がいつも泳いでるとこのすぐ近くにある池だ。」
「ではその骸池で子供が遊んでいて…草履を忘れた…んでしょうか?」
頭を捻りながら考え込む命を余所に蓮仙は事の次第が理解出来たのか
表情は険しくなった。
「違う…。」
「へ?違う…でありんすか?」
池の傍に草履が置いてあれば 遊んでいた子供が忘れたと普通はそう考える。
考え方を変えてみれば 其処で溺れた…とも考えられる。
後者ならば大変なことだと命は肩を震わせる。
「骸池はその名の通り邪使の骸が捨てられていた場所。母殺しの実を食べ、邪使と化した人間の中には
完全な邪使にもなれず、人間にも戻れなかった者たちがいた。その者たちは皆、海鬼埜蛇子により
あの池に捨てられた。生きたまま。」
「ひどい…。じゃあ、その草履は…。まさか池に引きずり込まれたのでは…!」
「いや。」
命の言葉に蓮仙も花仙も声を揃え首を横に振った。
「この草履に結ばれている翡翠色の布はこの村の子供たちに目印として草履に結び付けたもの…。そして…
天地大戦後、この村には子は産まれていない。」




