水の子守謳 ‐‐壱‐‐
緑が並ぶ自然の森。そしてそこに
真っ青に広がる美しい水面。
その水面に弧を描く様に踊り泳ぐ女子。
ぱしゃん ぱしゃんと 弾く水飛沫。
キラキラと其れは宙を舞う。
魚ほど素早くはなくとも 何とも優雅な姿か。
「…命!!また此処に居たのか!日の刻はとうに過ぎているぞ!!」
その声に動きを止め、水面からひょっこりと顔を出す女子。
「花仙様!!わざわざわっちを呼びに来てくれたでありんすか?」
声の主の男を確認するとニッコリと笑い
ゆっくりと陸へと上がる。
「当たり前であろう!!此処の湖は夕の刻になると喰魚が出るといつも言ってあるだろうに!
いつまでも帰らぬ故、蓮仙に見てきてくれとワシが頼まれたのだ!」
呑気な女子とは裏腹に怒りを露わにする男。
その風貌は老人ながらも ガッチリとした出で立ち。
長いひげを蓄え 腰には刀を携えている。
夜神 花仙其れがこの老人の名である。
「蓮仙様が!?そりゃ大変でありんす!」
ささっと体を拭き クシャクシャと髪の毛を拭く。
水に濡れていて垂れ下がっていたのか
頭からぴょこんと獣耳が顔を出す。そしてお尻からはファサリと長いキツネ色のしっぽ。
銀色の髪がキラキラと光る。
命。そして此れがこの奇妙な女子の名である。
「さッ!花仙様!参りましょう!」
着替え終わり、命は花仙の袖を引っ張り歩き出した。
「…まったく!」
花仙の機嫌は依然悪いが命はそんな事はどうでもいいらしく
ニコニコと笑っている。
そんな命を見てまた 花仙の口からはため息が漏れるのであった。
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青い空が淡いオレンジ色に染まる頃。
広い屋敷の瓦屋根の上 ぐうぐうと間抜けな鼾を立てながら眠りに付く男。
「蓮仙様ーーー!!命、ただ今戻りましたでありんすよー!!」
其の男を下から叫び呼ぶ命。
しかし男はピクリともせず、相変わらず平和な寝息を立てている。
「もうッ!そんな所で寝ては風邪を引くでありんすよー!!」
「退がれ。命。」
「花仙様?」
首を傾げる命を余所に 花仙は屋敷の庭に祭られている管狐の像を
軽々と持ち上げ 屋根の上目掛け投げつけた。
ドゴーーーーーーーンッ
白い煙が立ち パラパラと砕けた瓦が飛び散る。
「か、花仙様…。」
呆然とその様を眺める命。
パンパンと両手を払い仁王立ちしながら 煙立つ屋根の上を眺める花仙。
しかしその視線の先には 目的はおらず 気配は既に背後にあった。
パンッ
屋敷に響く弾く様な音。
弾丸の様な蹴りを花仙は素手で受け止める。
そして咄嗟にその足を掴もうと手を伸ばすが
既にもう距離を取られ それは叶わなかった。
「…おやめください!花仙様!…蓮仙様!屋敷が壊れまする!」
命の制止に構えをやめる2人。
「先に屋敷を壊したのはそのじじいだぞ。一体何だ、まったく。」
チッと悪態を付く此の男こそ
夜神 蓮仙である。
「何だではないわ。うつけが!儂に命を呼びに行かせておいて居眠るとは何事かッ!
そもそも夜神家の当主たるものが屋根の上で鼾をかくなど…恥を知れ!」
「やかましい。当主でも昼寝くらいする。其れに婆様が来るから屋敷を離れるなと言ったのはアンタだろう。」
「婆が来るのは夜だと言ったろう!全く…貴様とゆう奴は…!」
終わることのない口論。
蓮仙に花仙。じじいとは言っているが花仙は蓮仙の父であり、夜神家の前当主である。
そして蓮仙。
肩まである栗色の髪を後ろに一つに束ね
肩には管狐を乗せて
今でこそ眉間に皺を寄せているが、元は端正な顔立ちをしている。
1000年続く夜神家の現当主である。
「親方さまーーーーーー!!」
パタパタと音を立て、焦った様子で一人の女が駆けてきた。
「何じゃ、幸。そんなに慌てて。」
女の名前は幸といい、夜神家のいわば家政婦である。
深く深呼吸し、花仙の前で呼吸を整える。
「お、親方様!婆様がいらしております!大広間でお待ちです!」
「婆が?来るのは夜と言っていたはずだが…はぁ…全く気まぐれな方だ。」
そうため息を付くと花仙はくいっと蓮仙に顎で合図しスタスタと歩き出した。
それに蓮仙も命も続く。
「ねえ、蓮仙様。婆様とはどういうお方なのでありんすか?」
隣を歩く蓮仙を見上げ小首を傾げる命。
そんな命の頭をポンポンと撫でる蓮仙。
「そうか。お前は知らなくて当然だな。婆様はな、夜神家の初代当主だ。」
「そうなのでありんすか…。命は此処に生まれてまだ5年、知らない事だらけでありんす。」
ピンと立っていた耳をへナリと下げ俯く。
命は蓮仙の刀の力により生み出されたいわば式神であり、この世に生れ出てまだ5年程しかたっていない。
「気にするな。知らない事はすべて俺が教えてやる。」
そう言って笑った蓮仙を見て、垂れ下がっていた耳をピンと立てニコリと嬉しそうに笑った。
「嬉しいでありんす~。命は蓮仙様に使えれて幸せでありんす~。」
終始ほのぼのと歩いていた命だが 大広間の前に付くと
ビシッと背筋を伸ばし緊張を丸出しにする。
その様子を見てまた蓮仙はクスクスと笑うのであった。
「婆。花仙だ、入るぞ。」
「ああ、入れ。」
綺麗に透き通った声が静かに響いた。




