第84話 迷いより先に
(リュート視点)
エーレンバルト先生たちが前に出た。
広く展開し、迷い魔と囲うようにして向かい合った。迷い魔から衝撃弾が放たれた。圧縮された魔力が空気を押し潰し、飛ぶたびに地面が低く唸った。クラウベル先生は最初の一撃を受け止め、踏みとどまった。だが、続く衝撃に押し負け、吹き飛ばされ、土埃の中に倒れた。他の先生たちも次々と押されていった。エーレンバルト先生だけが、傷を受けながら踏みとどまっていた。
後方からその戦闘を見ていた。
攻撃の弾は単調だが、一発ごとの重さが違った。木に当たれば幹が割れた。地面に当たれば土が弾けて焦げた匂いが広がった。音の後から衝撃が来て、足の裏に伝わった。近くに弾が落ちるたびに、土の震えが膝まで上がってきた。
迷い魔の動きに、リズムがあった。
腕が向く。弾が飛ぶ。一瞬だけ、止まる。また腕が向き、弾が飛ぶ。
この「止まる」一瞬が——ただ動きが途切れたのとは違う、と感じた。動きの流れが一瞬だけつまずいたように見えた。
いや、それも違う。あれは意図して作られた静止だ。力を抑えようとして抑えきれず、その狭間で生まれる「止まりそこない」の繰り返しだった。
「あいつ、止まろうとしてる」
精霊に呼びかけた。
「頼む、あいつを落ち着けられないか?」
応答があった。「できない」ではなかった。恐れているような感触だった。近づこうとする動きが、途中で引き返してきた。
無理か。
迷い魔に向かって声を出そうとした——その瞬間、ラインハルトが前に出た。
――――――
躊躇はなく、計算があるような動きだった。ラインハルトが前に出るのを見て、ヘルムートとカスパー、続いてイネスが連携して精霊術を放った。ユリウスも俺の前に出て、炎を発現させていた。後方から前に移動してきたエリンも攻撃に加わった。エリンの精霊術は発現が早かった。連射するように精霊術が飛んで、迷い魔に向かっていった。首元のペンダントが、動くたびに揺れていた。
「待ってくれ、まだ話せる可能性が——」
声を出したが、戦闘の中では届かなかった。
精霊術には加われなかった。体が、そこで止まってしまった。
足が地面に縫い付けられたように動かなかった。体のどこを動かせばいいのか、その始まりが見つからなかった。
それでも、音だけは止まらなかった。
衝撃が空気を押した。木に当たった音が遅れて響いた。誰かの声がして、すぐにかき消えた。土埃が口に入って、苦い匂いが鼻を抜けた。視界の端で、誰かが地面に叩きつけられるのがわかった。誰かを確認する前に、また別の衝撃が鳴った。足の裏に振動が来るたびに、状況が悪化していくのが体に直接突き刺さった。
動けなかった。
一瞬に凝縮されたような時間の中で、現実だけが先へ進んでいた。
迷い魔が無差別に力を放ち始めた。生徒を狙っているのではなかった。ただ溢れて、止まらないようだった。衝撃弾が飛び、生徒が数名吹き飛んだ。逃げる生徒と留まる生徒、戦う生徒に分かれて、戦場が乱れていった。前方ではラインハルトたちがまだ踏みとどまっているのが、煙の切れ間から一瞬だけ見えた。すぐに煙と土埃が広がり、前方の視界が塞がれた。
アリシアとクラリスが吹き飛ばされた生徒のもとへ駆けていった。アリシアが回復を、クラリスがその傍で支援をかけていた。二人とも目の前に集中していた。煙の合間から、迷い魔の腕がかろうじて見えた——その腕が、アリシアたちの方向を向いた。
気づけば、体が動いていた。
精霊術を使った。アリシアとクラリスの前に土の壁が展開し、防いだ。
「下がれ」
それだけを言って、精霊術で攻撃に加わった。ただ、まだ迷いがあった。決定打を放てない。放つ気になれない。弾は飛んでいったが、自分でもわかるほど力が乗っていなかった。
「アーデン」
ユリウスが隣に来ていた。
振り向いた。
「お前は何をしている?」
怒気ではなかった。だが、迷いを許さない決断の声だった。
「……助けたいと思っていた」
「今もそう思っているか?」
答えられなかった。
ユリウスが続けた。
「想いだけじゃ守れないことがある」
胸のあたりに、言葉の重さが落ちてきた。その声に——どこか、知っている者の響きがあった。
「あの迷い魔が助ける価値のある存在だとしても、今、あれに傷つけられている皆がいる——それが事実だ」
視線が、煙の向こうに倒れている生徒たちに向いた。
「お前が守りたいのは、あの迷い魔か。それともブランデルたちか」
体が固まった。
——殿下の言葉が、浮かんだ。
「善意だけでは守れない。その時はブレるなよ」
ユリウスの言葉と、重なった。
アリシアとクラリスを見た。迷い魔の方を見た。
——正しいかどうかは、わからない。
手が、動いた。迷いより先に、体が選んでいた。剣の柄に、かかっていた。
「ユリウス!」
その名前が、口から出た。
「行くぞ!」
ユリウスの声が、頼もしく響いた。




