第79話 火種
(ユリウス視点)
大会が終わった。
ラインハルトの優勝だった。準々決勝でカーヴェルを相手に危なげなく勝ち、決勝ではイネスを一つの精霊術で場外に出してあっさりと勝負を決めた。会場はラインハルトを称えた。ただその称賛の中には、恐れを含んだ感情が混じっていた。
表彰式が始まった。
出場選手が舞台上に雑然と並んでいた。エーレンバルト先生が結果と入賞者を発表した。名前を呼ばれた選手に観客席から惜しみない拍手が送られ、入賞者には紋章入りの盾が贈られた。
来賓の言葉があった。アレクシス様が壇上に立ち、「勝者も敗者も、この七日間で得たものを忘れないでほしい。諸君の歩みが、これからの力になることを願っている」と述べた。
勝者も敗者も——その言葉が耳に残った。自分のことを言われているような気がして、少し視線を落とした。
フリーデンタール学術院卿は各自の工夫と可能性への期待を語り、シュタイナー司教様は「正しき精霊術の道を歩まれることを期待しています」と締めた。
エーレンバルト先生が閉会を告げ、精霊術大会の全日程が終了した。
――――――
出場選手も観客も、それぞれ訓練場を後にしていった。
なんとなくその様子を見ていた。この大会のことを忘れないようにと思ったのかもしれない。人の流れが落ち着いてくる頃、ゆっくりと歩き出した。
外に出ると、午後の強い日差しに立ち止まり、目を細めた。夏の光が真上から降っていた。
「ユリウス」
声をかけられた。ラインハルトの声だった。振り返った。
「君の今回の大会の結果はなんだ。仮にも我が父上の派閥の一員であるにもかかわらず、二回戦負けなどという情けない結果で終わるとは。どう責任を取るつもりだ」
試合の疲弊が体の奥に残っていた。立っているだけで、肩が重い。それでも顔を上げた。
「責任?これはただの学内の大会だ。責任も何もないだろう」
「殿下や学術院卿、教会まで来賓としていらっしゃったのだ。ただの学内大会などではない。派閥の力を示さなければいけなかったものを、それを君が潰したのだ」
「ラインハルトが優勝したんだ。十分に力は示せただろう」
「それは個人の力であって、派閥の力ではない。派閥全体の力を示す必要があったと言っている」
「……そうか」
言葉が続かなかった。体が重く、思考が追いつかなかった。反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。
「言われなくても、初めから理解しておけ。そんなことだから、君の家は派閥の末端から抜け出せないのだ」
「……それは、関係ない」絞り出すように返した。
「何を言っている。君が選抜されたのは派閥の一員だったからだ。でなければ、精霊術が不安定な者が出られるわけがないだろう」
「……どういうことだ?」
「この大会は派閥に所属する生徒の評価や名声を高めるため、派閥全体の影響力を強くするために学院に開催を要求し、王宮を来賓に招いたのだ。それを君は無駄にした」
足が、地面に張り付いた気がした。
そんな背景があったのか。僕が選ばれたのも、そのためだったのか。派閥の一員だから、それだけで。
声が出なかった。返すべき言葉を探したが、何も見つからなかった。
「とにかく、今後、君は派閥のことを第一に動け。いいな」
ラインハルトは答えも聞かずに去っていった。
――――――
少し離れたところに父がいた。
驚いた顔でラインハルトの背中を見ていた。父も知らなかった——それはすぐにわかった。
父がこちらを向き、目が合った。父は小さく首を横に振った。その表情には、静かな決意が滲んでいた。それから視線をずらし、学院の門の方へと体を向けた。そのまま、ゆっくりと歩き去った。
父が視線を向けた方を見ると、アーデンが近づいてきていた。その目は僕を見ていた。
——あいつが僕に近づいてくるのは珍しいな。
動向を観察しながら待った。
「残念だったな、大会」
アーデンが声をかけてきた。まだ何を言いたいのかはわからなかった。
「ラインハルトが言ったことは気にするなよ。貴族のことはよくわからないが、派閥ってのに縛られてても楽しくないだろ」
——聞こえていたのか。
「励ましにきたのか?」
「いや、今のは思わず口から出てしまっただけだ。言いたいことは別だ」
一拍の間があった。
「ユリウス、最後諦めただろ」
アーデンが真面目な目で言った。
——気づいていたのか。あの瞬間を。
「諦めるなよ」
「お前に何がわかる」
気がつくと、そう言い返していた。
「諦めなければ、まだ可能性はあったんだ」
「……何を言ってるんだ?」
「最後の火の精霊術、何か感じなかったか?精霊が……お前に応えようとしていた」
アーデンが言った言葉を、ユリウスは頭の中で繰り返した。精霊が、応えようとしていた——。
その意味が、うまくわからなかった。ただ、あの感触だけは確かに覚えていた。指の内側から押し寄せてきたような熱。形のないものが満ちてくる感覚。あれが何だったのか、今もわからない。
「それだけだ」
そう言うと、アーデンは振り返って歩き出した。が、少し進んだところで立ち止まった。
「……次は、お前の本当の精霊術を見せてくれよな」
そう言うと、今度こそ歩いていった。
アーデンの背中を見続けた。
夏の光の中で、その背中が遠ざかっていった。
しばらく動けなかった。でも、不快ではなかった。
「……いいだろう、見せてやる。しっかりと見ろよ、アーデン」
夏の空は高く、澄んでいた。




