第77話 開幕
(リュート視点)
訓練場に着いたのは、開始時間の直前だった。
中に入り、人の波をかき分けながらアリシアたちを探した。中段あたりの席で、アリシアが手を振っていた。隣には一席だけ空いていた。取っておいてくれていたようだった。
「遅いよ。何してたの?」アリシアが言った。
「剣術の稽古で遅くなった。でも、間に合っているはずだけど」
「まぁそうだけど」釈然としない顔だった。
「それにしても、すごい人だな」
観客席が埋まっていた。通路にまで立っている生徒がいた。こんな行事はこれまでなかった。
「それは、ほら。学院で一番強い人が決まるわけだから」クラリスがわくわくした表情で言った。
「そういうものか。誰が優勝候補なんだ?」
「やっぱりラインハルト君かな。成績優秀で生徒会長だし。あとはヘルムート君とカスパー君、イネスさんやエリンさんも注目選手みたいだよ」クラリスが答えた。
「さすが、色々知っているな」
「でしょ」クラリスが少し誇らしそうな顔をしてから、「ホントはユリウス君がラインハルト君の本命の対抗選手のはずなんだけどね……」と続けた。
舞台の方を見た。出場者たちの中に、ユリウスがいた。どう見ても顔色が悪かった。
「精霊術がまだ回復しきってないらしいからな。厳しいだろうな」
「それでも出場するんだから、すごいね」アリシアが単純に言った。
――――――
エーレンバルト先生が壇上に登った。
「それでは時間になりましたので、精霊術大会を始めていきたいと思います。開会に当たり、アルトリース学院長よりご挨拶をいただきます」
アルトリース学院長が登壇した。
「皆さん、おはようございます。学院の授業ではあまりない、実戦に近い状況で、皆さんの実力が大いに発揮され、今後の精霊術の糧にしていただければと思います」
短く、それだけを言って壇上から降りた。挨拶の間、アルトリース学院長の視線が一度だけわずかに止まった。
「ここで、ご来賓の方々を紹介します」エーレンバルト先生が続けた。
「王宮より、アレクシス・フォン・グランツハイム殿下。学術院より、ヴァルター・フォン・フリーデンタール学術院卿。大聖堂より、ルーフェン・シュタイナー司教様」
名を呼ばれた来賓たちが立ち上がり、手を振ったり会釈したりした。
訓練場がどよめいた。アレクシス殿下の名前に観客席が沸いていた。
「けっこう大事な行事だったんだな。王宮にまで声をかけているとは」
「王宮からアレクシス様がいらっしゃるなんて。学生の時は優しそうな先輩って感じだったけど、ああしているのを見ると、やっぱり王族なんだよね」アリシアが言った。
「後ろにはルーカス副会長もいるし。懐かしいな」
「もう副会長じゃないよ」クラリスが突っ込んだ。
「まぁそうなんだけど、副会長がしっくり来るから」
「ルーカス様には直接言っちゃダメだからね」アリシアが注意した。
「気をつけるよ」と息を少しだけ吐いた。
来賓席の方をなんとなく見ていると、シュタイナー司教と目が合った気がした。
まだ気にされてるのか?
そう思い、視線をそらした。そらした先に、生徒でも教師でも来賓でもない人たちがいた。
「あれ?あの人たちは誰だろう?」
「ああ、あの人たちは当主の人たちだよ。教会と一緒にこの大会の開催を学院に要望したんだって。貴族の派閥の人らしいよ」クラリスが答えた。
どこからそういう情報を持ってくるんだと呆れながら、そうか、当主たちまで来ているのか——と思い、視線を正面に戻した。
――――――
「次に試合の組み合わせを発表します」
大きな紙が四方の壁に張り出された。観客席がざわめいた。
「お、第一試合からラインハルトさんだ。相手は、二年……ちょっと可哀想だな」という声が聞こえた。
「下級生相手に大人げないことはしないでしょ」アリシアが反応した。
「一日一試合だからな。本気を出してすぐ終わるなら、ラインハルトは本気でいくと思うぞ」
「そう?」
「生徒会長としては万が一にも負けられないだろ。今後の運営に影響するかもしれないとか、大会の後のことも考えているんじゃないか」
「ラインハルト君のこと、わかってるねー」クラリスが言った。
「いや、そんなに知らないさ。ただ、そんな気がしただけ」
組み合わせを確認すると、クラリスが言っていた注目選手たちの試合は、ラインハルト、エリン、ユリウスが一日目、ヘルムート、カスパー、イネスが二日目だった。
――――――
「これより、グランツィリア精霊術学院精霊術大会を開始します。第一試合の選手以外の本日試合を行う選手は控室へ、明日からの選手は観戦席へ移動をお願いします」
舞台の上に、ラインハルトと対戦相手の二年生が残った。二人の間に審判として、クラウベル先生が歩いてきた。
歓声が大きくなった。
クラウベル先生の「始め」の声とともに、二人が詠唱を開始した。
精霊がざわつく感触があった。詠唱の命令に反射的に応える、学院の精霊特有の重い反応だった。
先に精霊術を発動させたのは、ラインハルトだった。詠唱が滑らかで、精霊に命令する意志が言葉の外側にまで滲んでいた——圧縮された風の塊が相手を直撃し、場外へと吹き飛ばした。観客席がひとつの声で沸いた。
ラインハルトは振り返りもせず控室へと去った。一瞥もしなかった。観客の声に応えることも、相手を気にすることも、一切なかった。拍手の中、その背中だけが残って、それも消えた。
「あっという間だったね」クラリスが言った。
「観客を楽しませる気はないみたいだな」
「あの子、大丈夫かな」アリシアは退場していく負けた相手の方を心配そうに見ていた。
「肩を貸してもらってはいたけど、歩いてはいたから大丈夫じゃないか」
――――――
その後も試合は続いた。
精霊術の経験の差が如実に出て、上級生が順当に勝ち進んだ。エリンも三年生相手に勝っていた。
ユリウスの相手は二年生だった。
詠唱はしていた。だが防御の精霊術の発動がわずかに遅れ、相手の攻撃をぎりぎりで止める形になった。反撃の精霊術は出力が小さく、一度は弾かれた。その後、ようやく出力が増し、相手を場外に押し出すには足りた。
勝ちはした。だが、二年生相手にあれだけ手間取るのは、本来のユリウスではないはずだった。
その試合が終わるまで、なぜか視線をそらせなかった。
普段を知らない観客には手加減しているように見えたかもしれない。
「……精霊たち、ずっと悲鳴みたいだった」
クラリスがぽつりと言った。顔色が悪くなっていた。精霊の悲痛なざわめきに当てられたのだろう。アリシアが寄り添い、二人で退席した。
俺は最後まで観戦を続けた。こうして大会一日目が終わった。
――――――
二日目、クラリスは欠席した。アリシアはクラリスに付き添って欠席だった。
観客席の熱は一日目より上がっていた。来賓席の当主たちが身を乗り出す場面もあった。
ヘルムート、カスパー、イネスは全員勝ち上がった。やはり上級生が優位だった。




