第68話 萌芽
(ユリウス視点)
冬期休暇が明けた。
廊下に出ると、窓の外の空が白かった。休暇が明けても学院はまだ静かで、時折、靴音が遠くに響いた。
いつものように検診と面談を終えて、寮に帰ろうとしていた。あの時から一年以上それが続いていた。終わるたびに、特に何も感じないまま廊下に出ていた。
廊下に出たとき、後ろから呼び止められた。振り返るとクラウベル先生だった。
「バルネルト君、アーデン君にこれを渡してもらえますか」そう言って、希望調査票を差し出してきた。手には他にも何枚か、同じような書類があった。
「三年次の選択授業の希望調査票なんですが、締切が明日なのにまだ提出がなくて。同じクラスでしょう、お願いできますか」
どうして僕があいつに——と思ったが、断る理由もなかった。
「わかりました。後で渡しておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
クラウベル先生は足早に去っていった。
それを見届けてから、息を小さく漏らした。どうせ今日もあそこにいるんだろう、と思い、あいつがいつも練習している場所へ向かった。
――――――
あいつの練習場所に近づくと、雰囲気が違う気がした。
空気が張りつめていた。
木の陰に隠れるようにゆっくりと近づくと、あいつを囲むように少し離れた場所で、ブランデルとラントベルクが立って、じっとあいつを見つめていた。
何をしているんだ?と思い、近づくのをやめて、その場で観察した。
そのとき、あいつが構え、目を閉じた。数秒の静けさがあたりを包んだ。
次の瞬間、炎と土の球体があいつの前に「同時」に現れた。
何だあれは?
炎と土の精霊術だろうが、同時に発現した。そんな精霊術は見たことも聞いたこともなかった。
ブランデルやラントベルクを見た。二人は喜んで、拍手をしていた。その雰囲気から二人が発現させた感じはない。
であれば、あの二つはあいつが発現させた、ということになる——それも「同時」に。
あいつを見た。強く目を閉じ、拳を固く握りしめている。何かを強く嚙み締めているようだった。
何か——それはあいつが努力を重ね、ようやく実らせたもの。それ以外には見えなかった。
そのことに気づき、しばらく立ち尽くした。
次に来たのは、嫉妬でも怒りでも羨望でも焦りでもなかった。ただ、胸の奥が高鳴る——そういう感情だった。
――――――
調査票を渡さず、寮へ足早に戻った。
部屋に着くとすぐに、扉の隙間から調査票をあいつの部屋の中に差し込んだ。立ち上がり、少しだけ扉を見た。それでも、すぐには動けなかった。さっき見た光景が、もう一度浮かんでいた。
その後すぐに寮を出た。
行き先は中庭の片隅にある東屋。約半年前にあいつと二回目の話をした場所。そして今も、精霊術の発動を練習し続けている場所だった。
もう一度、先ほど見た光景を思い返した。
あいつが精霊術を成功させた光景。同時に発現した二つの精霊術。
また胸の奥が高鳴った。
その思いのまま、詠唱した。
「清廉の雫よ、我が手に集え」
水球は発現しなかった。
もう一度。あの光景を、今度はもっと深く思い返した。強く目を閉じ、拳を握りしめていたあいつの姿。努力を重ね、ようやく実らせた——そう見えた、あの瞬間。
あいつは、あのとき何を感じていたのか。あの高鳴りは、何だったのか。胸の奥の高鳴りが、また大きくなった。
その高鳴りのまま、精霊への願いも込めて、詠唱した。
「清廉の雫よ、我が手に集え」
ほんの小さな水球が、手のひらの上にあった。
あの光景——この胸の奥の高鳴りが、詠唱を押し上げた気がした。
これがあいつの精霊術なのか?いや、願いは確かに込めた、だが、僕は詠唱をしていた。違うはずだ。
いや、それはどちらでもいい。
ほんの小さな水球でも、また精霊術が発現した。それだけで十分だった。
目を強く閉じ、小さな水球を握りしめた。
僕は——僕の精霊術は——まだある。




