第66話 同時
(アリシア視点)
七日目。居ても立っても居られなかった。
一月の空気は刺さるように冷たかった。それでも外に出ると、体より先に足が動いた。
昨夜はあの後、何度か確認して終わりになった。確認した中でバランスが崩れることはなかった。ずっと同じ感覚だった。
いつもの時間よりずっと前に、その場所へ来てしまっていた。
「早いわね」声が聞こえた。
「楽しみで」笑顔で答えた。
「じゃあ、始めましょう」言葉はいつも通りだった。でも、声の高さはいつも以上だった気がした。
「はい!」
「二重発動させるわよ」
静かに頷いた。
深呼吸をした。
大丈夫。昨日、成功してから失敗はしていない。寮に戻ってからも練習した。ずっと同じ感覚だった。
自分に言い聞かせた。
瞼を閉じた。集中する。発動と感応、一つの形、二つの精霊。全てをバランスよく、均等に。
体が熱くなった。精霊たちの応えが体の奥で混ざり合い、それが均等に、同時に、手へ向かっていく感覚があった。
瞼を開いた。
次の瞬間、炎と土の球体が「同時」に発現した。
私には目の前にある二つの球体は「同時」に現れたように感じた。
先生からの反応はまだ来ない。
どうだったの?「同時」だった?先生。
***
(リセル視点)
アリシア・ブランデルが発現させた炎と土の球体が見えた。
精霊術は「同時」だった。その事実が、私から声を奪っていた。
彼女が二重発動を成功させた。
炎と土の球体が、互いを押しのけることなく、そこにあった。一週間、外から見続けてきた。バランスが崩れるたびに、どう伝えるかを考えた。少しずつ近づいていくのを見てきた。
それが今、成し遂げられた。
こんなに嬉しいことはなかった。すぐに教えてあげたいのに、声が出なかった。
ゆっくり深呼吸をした。
いつものように声を出せばいい。それだけのことだ。
「同時だったわよ。おめでとう」
ようやく声が出た。
どのくらい待たせてしまっただろうか。
ただ、私の声を聞いた彼女は、飛び跳ねて、その体いっぱいで喜びを表現していた。
遅れたのは、演出だったということにしよう。
少しの間、その喜びの舞を眺めることにした。
***
(アリシア視点)
飛び跳ねながらも、笑みが止まらなかった。
「同時」だった。自分では「同時」に感じた。でも先生が言うまでは、信じきれなかった。それが「同時だったわよ」という言葉になった瞬間、全部が一気に解けた気がした。
しばらくして、ようやく落ち着いてきた。冬の空気が頬に当たった。木々の間から差し込む光が、いつもより明るく見えた。一週間、ここに通い続けた。ずっと遠かった「同時」が、今ここにあった。
落ち着いた頃を見計らったように声がかかった。
「目標は達成ね」
その言葉が、じわじわと体の奥に染み込んだ。達成した。本当に、達成した。
「でも、まだあるわよ」
体の熱が、一瞬止まった。
「今のあなたは二重発動ができるようになったわ。でも、できるようになっただけ。活きた精霊術という意味では、まだまだよ」
一拍おいて、先生が続けた。
「だから、次の段階は、二重発動の出力を自由に、思いのままに変えられるようになること。今のあなたは最初に決めた出力をそのまま発現させている。それを発動中でも変えられるようにするの。それであなたの精霊術はもっと活きる」
今度は違う種類の驚きに変わっていた。
「えっと、これからその練習ですか?」
今日が約束の最終日だった。できるか不安でもあったし、目標を達成した喜びで頭がまだ追いついていなかった。
「そうよ。ただ、別に今日できなくても構わないわ」
そうして、練習を続けた。
発動中に出力を変えようとすると、バランスが崩れた。「同時」の感覚が揺れて、精霊の反応が乱れた。何度やっても同じだった。
「同時」に発動させることとは、また別の難しさがあった。今日の今日で達成できるとは思っていなかった。でも、崩れるたびに、もう一度と思った。
それが——この一週間と同じだ、と気づいたとき、少しだけ笑えた。
――――――
(リセル視点)
時間が過ぎ、「そろそろいい時間ね」と声をかけた。
アリシアが立ち上がった。
「できなかった発動中の出力変更は、またどこかで会うときまでの宿題よ。次に会うときまでに、できるようになっていたら、今度はちゃんとあなたの前に姿を見せるわ」
アリシアの表情が変わった。期待とやる気が一度に溢れてきた。
「あと、最初に言った通り、あなたに教えたことはお友だちにも教えていいわよ。教えることはあなたの精霊術にも意味があることだからね」
少し寂しいような気持ちが、胸のどこかに生まれた。
一週間で終わってしまう。でも。
「はい、今日までありがとうございました。この一週間は私の宝物です。次に会うときには絶対、今日の宿題以上のことをお見せします」
アリシアは深々と頭を下げた。それは長く、それだけ思いが込められていた。
「期待しているわよ、アリシア」
声が震えそうになった。必死でこらえた。さっきまでと同じように言えたはずだ。
——アリシア、と呼んでいた。いつの間にか、そうなっていた。
「はい!」
元気な声が返ってきた。アリシアは頭を上げ、歩き出した。
一月の終わりは、こんなにも温かかっただろうか。
木々が柔らかく揺れた。夕暮れの空が赤く染まっていた。
そのせいだと思うことにした。




