第58話 動かない証言
(アレクシス視点)
生徒会室の窓の外に見える空は、雲が薄く張っていた。
机に肘をついて、王国のことを考えていた。
扉が開いた。ルーカスだった。
「アレクシス様、お耳に入れたい情報が入りました。少々よろしいでしょうか?」
「構わないよ。どんな情報だい?」
「はい。まず、四日前、シュタイナー司教様がリュート・アーデンを大聖堂に呼び出し、面会を行ったとのことです。さらに、昨日、アルトリース学院長もまた、リュート・アーデンと接触、学院長室で面談を行いました」
「シュタイナー司教様とアルトリース学院長が?」
「はい、いずれも数人の目撃情報がありますので、間違いありません」
思考を走らせた。
教会が直接動いたか。特別講義から三ヶ月程度。少し早い。
学院が動いたということか。いや、まだアルトリースアルトリース学院長が個人として動いただけと見る方が正確だろう。しかし、影響力はある。
リュート・アーデン。精霊術事故の場面での動きは、報告書で読んでいた。詠唱なしの発動、迅速な収束。あれが偶然でないとすれば、どういう理屈で動いているのか——それをずっと保留にしてきた。
教会と学院の両方が、ほぼ同時に動いた。保留にしておける段階ではなくなったということだろう。
教会には簡単に手は出せないが、アルトリース学院長であれば話は聞ける。ただし、公的な場で確かめるべき話ではない。記録に残る問いかけをすれば、アルトリース学院長の立場を狭める可能性がある。ここは、一人で行くべきだな。
「少し席を外す」とだけルーカスに伝えて、生徒会室を出た。ルーカスは頷いただけで、何も聞かなかった。それで十分だった。
――――――
学院長室の扉をノックすると、「どうぞ」という声が返ってきた。
「失礼します」
入ると、アルトリース学院長が書類を広げたまま顔を上げた。少し遅れて驚きの表情が出た。
「グランツハイム君……どうされましたか?」
「お忙しいと思いますので、単刀直入にお伺いします」
アルトリース学院長の対面まで歩き、立ったまま話した。
「昨日、リュート・アーデンと面談されたようですが、どのような目的で面談をされましたか?」
少しの間があった。どう答えるかを整理しているのだろう。
「……学院として生徒を守るために必要と判断したためです」という答えだった。
「学院として、ですか?」
「ええ、学院として、です」
学院として、と言った。個人ではなく組織として守るように動くと決めた、ということか。
リュート・アーデンにはそこまでの価値がある、というのか。それとも別の理由があるのか。
「教会が動いています。私が想定していたより早い動きです」
「そうですね」
知っている。それだけではなく、速さまで把握している。
教会が精霊術の管理を強めようとしているのは確かだ。だがその先に何があるのか——信仰の純化なのか、それとも別の何かなのか。アルトリース学院長はどこまで見えているのか。
「教会の動きは、宗教的な意図だけによるものだとお思いですか?」
答えはなかった。しかし、アルトリース学院長は視線を外さなかった。座ったまま、こちらをまっすぐ見上げていた。
そういうことですか。
答えなかった。視線も外さなかった。アルトリース学院長は、言葉にできないことと言葉にしないことを、正確に分けている。そして今、言葉にしないことを選んだ。それは否定ではない。
「アルトリース学院長は今後、どのように動かれますか?」
「学院は学院本来の責務を果たすだけです」
視線が揺れていなかった。一瞬、目を閉じた。
振り返り、扉に向かって歩いた。扉に手をかけたとき、「アルトリース学院長、あなたは――」と言いかけて、やめた。
先ほど、視線を外さなかった。「学院として」と二度繰り返したあの声も、揺れていなかった。
声に出す必要はなかった。
「いえ、失礼します」と言って、学院長室を後にした。
生徒会室に戻る廊下を歩きながら、アルトリース学院長との会話を整理した。
言質は取らなかった。しかし、学院は教会側ではなくなった、と考えて良い。
一人で来て正解だった。あの視線は、記録の前では出てこない。
これは父上に話さなければならないことだが、今すぐではない。アルトリース学院長の決意を今後の動向から確かめてからでなければいけない。動くのはそれからだ。
だが、報告が遅くなってもいけない。そういう重さを引き受けることが王族であることだと、ずっと言われてきた。それでも、こういう場面に立つたびに、その重さは変わらなかった。今日のところはここまでで十分だった。
リュート・アーデン。アルトリース学院長に決意を促した人物。
彼にそこまでの価値があるというのであれば――。
廊下の突き当たりで立ち止まり、窓の外を見た。
空は夕暮れに染まり始めていた。雲が静かに流れていた。
それだけのことが、少し遠かった。




