第53話 夜の話
(ユリウス視点)
特別講義から一週間が経った。
この一週間、タイミングを計り続けていた。行動パターンはすぐにわかった。単純だった。朝食前に剣術の練習、朝食後は授業、授業後の夕食まではアリシアとクラリスと精霊の練習、夕食後は独りで精霊術の練習——その繰り返し。
まったく、どういう生活をしているんだ。呆れと驚きが混ざって、ため息が出た。
夜の練習の時間が一番都合がいい。そう判断して、夜を待った。
いつもの場所にいるのはわかっていた。暗がりの中に人影があった。向こうを向いて地面に座り、何かをしている。構わず近づいた。
「おい」
ピクリと肩が揺れた。振り返り、僕の顔を見て「驚かすなよ」と言った。
静かに近づいたわけでもなかった。それほどに集中していたということか。
「話がある」
「話?」
「ああ」
「どうしたんだ、急に」
「いいから黙って聞け」鋭い視線を向けると、あいつは驚いたような顔をした。「あ、ああ」
正面に座り、「教会と精霊の関係のことだ」と切り出した。
「精霊契約のこと、知らないんだろ?」
「ああ、知らない」あっさりと答えてきた。知らなかった、ではなく、知ろうとしなかったのだろう——そう思ったが、口には出さなかった。頭を抱えたくなるような感覚を押さえながら続けた。
「精霊契約は、判定の儀ですべての水晶が光った者だけが教会で行える。一応本人の意思が尊重されているが、普通は契約する。契約には大きな判定板のようなもの——契約板とでもいうか——が用意されていて、その上に乗ると精霊契約したことになる」
「乗るだけ?」
「乗るだけだ。契約が成立すると、板に付いた水晶が光る。合図はそれだけだ。僕は判定の儀の前から精霊術の研鑽を積んできた。契約板に乗る前は使えなかったが、乗った後、その日のうちに使えるようになっていた」
あいつを見ると、何かを考えているようだった。どうして乗るだけで、とでも考えているのだろう。
「そうすると教会のことも詳しくは知らないんだろうな」
あいつは顔を上げて、そのまま黙った。ここまで知らないとは、思っていなかった。それでも、話す意味はある。ため息を吐いた。
「教会には力がある。判定の儀から精霊契約まで、教会が独占している。つまり教会の許可が降りなければ、精霊術は使えない。この国の貴族は精霊術という力を求めている。だから表向いて逆らえず、顔色を窺わなければいけない。より力を求めて教会と深く繋がる貴族さえいる。それがまた教会の力になっている」
気づくと、あいつは真剣な顔をして聞いていた。次を待つ目だった。
「いつか、エーレンバルト先生に授業で言われていただろう。このままだと異端と呼ばれると」よく覚えているな、という顔に変わった。
「異端かどうかはすべての教会の中心であるドミニア正教国にあるドミナリウム主聖殿で判定される。詳しくは知らないが、異端審問官が数ヶ月かけて調査した結果から教会の上層部が決めるのだろう。異端と判定された者は異端執行官が拘束し、正教国に送られると言う話だ。その後どうなるのかは、わからない」
「教会にそんな権限まで認められているのか?」
「……らしい。百年以上異端判定された事実はないからな。ただそういう話があると聞いただけだ」
一拍置いた。
「これは僕の考えだが、異端審問官が調査する前にも段階がある。大聖堂のリーベンフェルス大司教様が正教国に情報を送り、そこから始まると考えるのが自然だろう。お前はシュタイナー司教様にまで目をつけられた可能性が高い。後一歩で、異端審問の調査対象だ」
あいつの顔が少し白くなった。威すつもりはなかったのだが、事実だから仕方がない、と少し後悔した。
一度に渡せる量にも限りがある——そう判断して、立ち上がった。
「今日のところはこのくらいにしておくか」
立ち上がると、あいつはまだ白い顔をしていた。「おい」と呼んだ。
「異端判定はあくまでも可能性の話だ。本当にそうなのかもわからない。気にしすぎることはない」
そう言いながら、気にするなという方が無理だとわかっていた。
「じゃあ僕はもう行く」そう告げて、寮に向かった。
――――――
(リュート視点)
ユリウスが去った後も、しばらくその場を動けなかった。
精霊契約の話は興味深かった。乗るだけで何かが変わる——どういう仕組みなのか、まったく想像できなかった。
教会の権力の話は、必要な知識だと思った。貴族が精霊術を求めて教会に繋がる。教会がそれを力にする。そういう構造だったのか。
異端判定の話は——考えかけて、やめた。アリシアの顔が頭をよぎった。それ以上は考えなかった。考えると、本当のことになりそうな気がした。
それよりも、いきなり現れて話すだけ話して帰っていったユリウスの方が気になった。
どうして急に?何があったんだ?
わからなかった。「今日のところは」と言っていた。ということはまだ話があるということだ。そのときに確認すればいい。
立ち上がり、寮に向かった。背後には星空が広がっていた。




