第50話 準備の言葉
(グランツィリア大聖堂)
大聖堂の一室で、ゲオルグとルーフェンが向かい合っていた。
外部実習が始まって一ヶ月。毎週の実習のたびにリュートのことを報告していた。「特異な情報があれば」という話だったが、毎週のことになっていた。
「今回の報告は以上です」
「報告ありがとうございます……今回の報告で、判断が固まりました」
「と、申しますと?」
ルーフェンはゲオルグの問いを遮るように続けた。「学院で特別講義を行います。私が直接、精霊と精霊術の正しき在り方を話します」
ゲオルグは驚きを見せた。ルーフェンは表情を変えずに続けた。
「注意や警告では届かない者がいます。ならば正面から、教義の言葉で示すのが筋でしょう。個人への指導ではなく、学院全体への講義という形で行います」
「素晴らしいお考えです。学院長には私から伝えます」
「来週はいかがでしょうか?」
「そのような短期間でよろしいのでしょうか?」
「準備はすでに整っています」
承知しました、という言葉とともに、ゲオルグは部屋を後にした。
――――――
(精霊術学院 学院長室)
ヘルミーネは書類を読んでいた。ゲオルグが入ってきても、目を離さなかった。
「シュタイナー司教様からのご提案を受けて参りました」
「シュタイナー司教からの提案ですか」
「精霊と精霊術の正しき在り方について、特別講義を行いたいとのことです」
「いつですか?」
「来週と」
一瞬の沈黙があった。ヘルミーネは書類から目を離し、ゲオルグを見た。
「準備は間に合うのですか?」
「すでに準備は整っているとのことです」
再び沈黙した。
「……全学年参加ですね」
「はい。講堂を抑えます」
「わかりました」
ゲオルグが退室した後、ヘルミーネは再び書類に目を落とした。しかし手は動いていなかった。
「……準備は整っている、ね……」
――――――
(リュート視点)
その日の授業が終わり、アリシアとクラリスをいつもの場所に連れてきた。クラリスの練習は数ヶ月続いていた。クラリスに精霊の感触を伝えようとしているが、うまく届いているかどうか、正直なところよくわからなかった。それでも続けることにしていた。
しばらく練習を続けてから、「ちょっと待って」と言い、精霊に念じた。——少しだけ、温かくしてくれ。少しの間が開いた。——ありがとう。
「これはわかるかい?」
「えっと……何か、温かい?気がする、かな」
「すごい、感じられている。今は火の精霊に少し温かい感じを出してもらったんだ」
「クラリス、じゃあこれはどう?」
また精霊に念じる。今度は土属性を頼んだ。
「……何か……ザラザラ?した感じがする」
「そう。今は土の精霊にちょっと手に触れてもらったの」
その声が、少し離れた木陰まで届いていた。
――――――
(ユリウス視点)
精霊術の発動を試せる場所を探していたら、声が聞こえてきた。慌てて木の影に隠れた。
アーデン、ブランデル、ラントベルク——数ヶ月前のことが頭をよぎった。
「俺達の精霊術を使いたいと思ってくれるなら、協力するよ」
まさか。もしそうなら、ラントベルクは何を考えているんだ。言葉とは裏腹に、三人がしていることをじっと見つめていた。
「えっと……何か、温かい?気がする、かな」
答えるような声が続いた。
「今は火の精霊に——」
なんだと。精霊を感じる?そんなことが?
信じられなかった。だが、ラントベルクは何かを感じているらしい。精霊術が使えなくなった自分には、その感覚はわからない。
ただ、場所の捜索も忘れてその光景から目が離せなかった。精霊を感じる、というのが、どういうことなのか——その問いが、頭の端に引っかかったまま離れなかった。
――――――
(リュート視点)
「そういえば、明後日の特別講義のこと、聞いた?」と一息ついたクラリスが話題を振ってきた。
「あれね、大聖堂の司教様が直々に講義をするっていう」アリシアが言った。
「精霊の歴史みたいな話らしいよ」
「講義で得たことをまとめて提出しないといけないんだって」クラリスが付け加えた。
「はあ……何を書けばいいんだ」
誰にも聞こえないくらい小さく、つぶやいた。
「本当の歴史なら興味はあるけど、教会の司教が言う歴史なら……何かが都合よく変えられてそうだな」とつい口走ってしまった。
「リュート。それ、下手に言わないでね」
アリシアが言い、その瞬間だけリュートの目を見た。すぐに視線を外した。二人の間に、それ以上の言葉は要らなかった。
「ああ、ごめん。気をつける」
「さ、続きをしましょ」クラリスが集中し始めた。俺はアリシアと一緒にその様子を見つつ、教会の講義が何を目的にしているのかを、考え続けていた。




