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隔絶した世界に転生した親友と  作者: まーくん
青年期ーリュート編ー

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第48話 這いつくばってでも

(ユリウス視点)

 

 視察が終わって一週間が経った。


 エーレンバルト先生に呼ばれ、僕は廊下を歩いた。行き先は学院長室だった。


 思い当たる理由は一つしかなかった。


 精霊術が使えなくなって、約二ヶ月が経った。あの日から一度も発動できていない。一晩中詠唱を繰り返した夜があった。詠唱文を手が動かなくなるまで書き続けた日もあった。アーデンが言っていた「精霊にお願いする」という言葉を思い出し、意味がないとわかっていながら、それでも縋るように試したこともあった。


 何も返ってこなかった。


 実技の授業はずっと見学だった。精霊術が使えない以上、実技の成績は消えたも同然。この学院に在籍し続ける意味があるのか、何度も考えた。父のことを考えると、胃の奥が重くなった。かけてもらった費用のことを思うと、胸が閉じる感じがした。


 それでも、諦めたくなかった。


 学院長室の前に着いた。一度息を吐いてから扉をノックした。「どうぞ」と声が聞こえた。もう一度息を吐き、意を決して中に入った。


「失礼いたします」


 頭を上げると、アルトリース学院長とエーレンバルト先生が並んでソファに座っていた。


「バルネルト君、お待ちしてました。どうぞこちらへ」


 促されるままソファに腰を下ろした。あの、と声を出そうとしたところで、先にアルトリース学院長が口を開いた。


「今日はバルネルト君、あなたの処遇についてお話するためにこちらに来てもらいました」


 やっぱりか。そう思いながら聞いていると、アルトリース学院長が続けた。


「遅くなってしまったけれど、今回の実技の試験のこと、申し訳なく思っているわ」


 アルトリース学院長とエーレンバルト先生が、揃って頭を下げた。


 固まった。謝られると思っていなかった。


「先日の視察の結論では、今回の事案はあなた個人の問題ではなく、学院の指導体制の問題と判断されました。そのことは伝えておきたかった」


「あなたにはひどく辛い思いをさせてしまっています。それはすべて学院の不手際によるものです。心からお詫びするわ」


 もう一度、頭が下がった。


「学院はあなたがまた精霊術を使えるようになるための支援を全力で行いたいと考えています。ただ、正直に言えば——どうすれば精霊術が使えるようになるのかは、わかっていません」


 一拍の沈黙。


「それでもまた精霊術を使いたいと思ってもくれているのなら、一緒に頑張ってみませんか?」


 思わず目を見開いた。


 アルトリース学院長の顔をじっと見ていた。気づかないうちに一粒だけ涙がこぼれていた。


 アルトリース学院長が息をのんだ。視線が涙を追った。制服に染みが広がるのを見届けてから、一度瞼を閉じ、息を吐いてから開いた。そこには申し訳なさが滲んでいた。


 慌てて自分の頬に触れた。「え、あ、すみません」と涙の跡を拭った。


「大丈夫です。落ち着いてゆっくりでよいのです。あなたがどうしたいのか、どうなりたいかを教えてもらえませんか?」


 その言葉に胸の奥が締めつけられた。小さく息を吐いた。


「……今日は逆のことを言われると思っていました。諦めろと。精霊術が使えなくなった生徒は生徒ではないと。もし自分が同じ立場の誰かを見ていたなら、きっとそう思ったと思います。だから、それが自分になったのなら、そう言われても仕方がないと」


 少し、息をついた。わずかな沈黙。そして続けた。


「幼い頃からすべてをかけてきたものが、突然なくなってしまった。誰が、何が悪かったのか、答えは出ませんでした。受け入れようとも思いましたが、やっぱり諦められませんでした」


 声の調子が少しだけ変わった。


「まだ手を差し出してもらえるなら——みっともなくてもいい、這いつくばってでも、その手を掴みたい」

「また精霊術を使えるようになりたいです。よろしくお願いします」


 深く頭を下げた。


 アルトリース学院長は笑顔を見せた。「もちろんです。一緒に頑張りましょう」そう言って、僕の肩にそっと手を置いた。


「はい!」


 不安はあった。けれど、それ以上に大きな何かが、僕の顔に色を戻していた。


 胸の奥が震えていた。涙が流れたせいか、それとも別の理由なのか、今はわからなかった。どちらでもよかった。


――――――


 少し時間をおいて、アルトリース学院長が口を開いた。


「先程の話でもわかってもらえていると思いますが、学院はもとよりあなたに処罰を与えるつもりはありません。先日の視察の結論でも、今回の事案はあなた個人の問題ではなく、学院の指導体制の問題と判断されています。ですから、気に病む必要はありません」

「いや、それはあまりに——」


 アルトリース学院長が手を出し、遮った。

 

「いいのです。あなたはまた精霊術が使えるようになることだけを考えてください」

 

 続けて、実技授業での記録係という役割が伝えられた。エーレンバルト先生が「記録係として参加しろ」と告げたとき、アルトリース学院長が一瞬エーレンバルト先生を見た。その視線の鋭さは、言葉にしなかった分だけ重かった。


 エーレンバルト先生は、その視線を受けながら書類に目を落とした。


 アルトリース学院長が口を開いた。その声はわずかに違う温度を持っていた。


「バルネルト君、これはあなたがこれまで努力して積み上げてきたものがあってこその措置です。悔しい思いをするかもしれません。それもいずれまた使えるようになる精霊術への糧にしてください」

「ご配慮ありがとうございます」


 頭を下げて、学院長室を後にした。廊下に出た瞬間、頭の中が少し静かになっているのに気づいた。


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