第47話 指揮の責任
(精霊術学院 講義棟)
マリオンが退室し、しばらく廊下に沈黙が戻った。次に呼ばれたのはリセルだった。
入室したリセルは、フードを深く被ったままだった。椅子までの距離を、体を小さくするようにして歩いた。座ってからも、フードの縁を少し手で引き直した。
「記録担当として授業に参加していた、と報告書にある。当日の状況をどう認識していたか?」
「授業は通常通り始まりました。異変を認識したのは、バルネルトの詠唱が始まってすぐです。霊素の計測値が急に跳ね上がりました」声がわずかに震えていた。内容は正確で、淀みがなかった。ただ、声の揺れ方が、問いへの返答から来ているようには聞こえなかった。
「その時点で何をした?」
「記録を続けながら、エーレンバルト先生に声をかけようとしました。しかしその前に爆発が起き、何もできませんでした」
「バルネルトの調子が悪そうだと気づいていたか?」
「……気づいていませんでした。計測と記録に集中していたので」
ヴァルターはリセルを見た。フードの縁が、視線をほとんど遮っていた。一拍置いてから言った。
「わかった」
退室するリセルを見送りながら、ヴァルターはペンを持ったまま何も書かなかった。書こうとして、何を書くべきかが定まらなかったのかもしれなかった。
次に、ゲオルグが呼ばれた。
ヴァルターは椅子を引き直してから言った。
「君はその試験と調査の責任者だったが、他二人の教師にはどういう理由で役目を割り当てたのか?」
「まずフェルウィンですが、彼女の普段の行動から記録員が妥当と判断し、周囲の霊素・精霊の変化の記録という役割を当てました。クラウベルには、生徒から離れた場所の環境変化を確認させるため、的の交換という役割を。私は生徒の最も近くで指揮に当たることから、試験・調査全体の進行と生徒の様子の確認を担当しました」
ヴァルターはメモを取りながら聞いていた。三人の動線が頭の中で組み立てているような目だった。
「当該生徒の様子がおかしいことには気づいたか?」
「バルネルトの番になり前に出てきた時点でわかりましたので、休むよう言いました。しかし首を振り、そのまま続けてしまいました」
「止めなかったのはなぜか?」
「多少体調が悪くても基礎の精霊術です。何かあっても対処できる、大きな被害は出ないと考えて、調査を優先しました」
ヴァルターの目が細くなった。その細くなり方は怒りではなかった。この人間がどういう人間かを、見終えたような目だった。
「だが、その精霊術が事故を引き起こした。それはどう思うか?」
「結果論にすぎません。あのときは誰もこうなるとは予想できませんでした。危険と判断し調査を止め、バルネルトが発現させた炎を消そうと詠唱しましたが——精霊術が発動しませんでした」
「精霊の暴走の数日前、君の授業で精霊術が発動しないと生徒が訴えている。発動しない可能性を考慮すべきだったのではないか?」
「それは、生徒が十分に精霊を従えられていなかったためです。今回の件とは無関係です」
ヴァルターはペンを置いた。
「ふむ。では、その試験で問題があったとき、不測の事態が発生したときの取り決めはしていたか?」
「……していませんでした」
ヴァルターはすぐに次の質問に移った。追及もしなかった。「していなかった」という事実を書き留めただけで、問答を完結させた。その速さは、「呆れ」よりも重かった。
――――――
最後にヘルミーネが呼ばれた。
「君はエーレンバルトの試験・調査の体制を確認したか?」
「三人の役割が決まった結果を確認しました」
「具体的な試験・調査の内容は確認したか?」
「試験の流れ、調査項目を確認しました」
「試験で問題があった時の対応を確認したか?」
「いえ、試験・調査の内容から既存の訓練の取り決めに記載されている内容で対応可能と判断しました。そのため、改めて確認することはしませんでした」
「問題ないと判断した、と?」
「はい、その通りです」
ヴァルターは顔を上げた。ヘルミーネを見た。一秒か二秒か、その視線の中に評価とも確認ともとれる何かが浮かんだ。
時間いっぱい、問いは続いた。
――――――
視察団の協議が終わり、ヴァルターがヘルミーネに向かって告げた。
「訓練場の状況、聞き取りの結果を踏まえ、学術院としての判断を伝える。今回の問題は、教師への取り決め内容の周知不足および安全意識の欠如と判断した。学院には再発防止として、全教師の授業その他すべての取り決めの再教育および安全管理体制の再構築を指示する」
ヘルミーネはヴァルターの顔をまっすぐに見た。
「承知いたしました」
今度は顔が歪まなかった。
二つの視察が、こうして終わった。
――――――
(精霊術学院 学院長室)
学院長室に戻ったヘルミーネは、無言で椅子に座った。少しだけ息を吐いた。表情は変わらなかった。むしろ厳しくなったようにさえ思えた。
視察は終わった。しかし仕事が終わったわけではなかった。
「後は、彼ね——」
少しの不安と緊張を含んだ、静かな声だった。




