第45話 断罪と受容
(精霊術学院 講義棟)
ユリウスが会議室に呼ばれたのは、ヘルミーネの後だった。
椅子に座ると、日差しが少し変わっているのが見えた。窓の外の木の影が、長机の端まで伸びていた。時間が経っていた。
ルーフェンは同じ前置きを静かに繰り返してから、質問を始めた。
「授業開始時点で、何か異常をお感じになっていましたか?」
「はい。授業が始まるより前から、身体に異常を感じていました。何かが飛び出そうとしているのをずっと我慢していました」
「誰かに相談されましたか?」
「していません」
「それはどうしてですか?」
しばらく間があった。机の木目に視線が落ちた。
「……誰かに弱みを見せたくなかったんだと思います。声をかけてくれた者もいましたが、大丈夫と答えていました」
「教師の方々は、どなたかお気づきになっていましたか?」
「エーレンバルト先生が、体調が悪く見えるから休めと言ってくれました」
「それで、あなたはどうされたのですか?」
ユリウスは答えなかった。
視線が、木目からユリウスの膝へ移った。膝の上で両手が静かに握られた。
「責めているわけではありません。ただ、事実を確認したいだけです」
ルーフェンが声をかけた。その声に感情の色はなかった。それがかえって、余計な力が抜ける感じがした。
責められると思っていた。少なくとも、そういう場だと思っていた。しかしその声には、責める気配がなかった。ただ事実だけを必要としている——その淡さが、身構えていた何かを拍子抜けさせた。
「……構わず続けて、詠唱を開始しました。それ以降の記憶はありません」
低い声だった。声は揺れていなかった。
聴取は予定時間より早く終わった。退室するユリウスの後ろで、扉が静かに閉まった。
教会による聴取が終わった。
何が下されるかはまだわからなかった。ただ、どんな罰であれ受け入れようと決めていた。決めていた——はずだった。
本当に受け入れられるのかどうかは、まだわからなかった。
――――――
全員の聴取が終わると、視察団は協議に入った。程なくしてヘルミーネが再び会議室に呼ばれた。
「概ね、先日ご提出いただいた報告書のとおりであったと認識いたしました」
ルーフェンが口を開いた。合わせた手の上に、穏やかな声が落ちた。
「また、精霊が暴走に至った理由については、学生の精神面を含めた技量不足によるものと判断いたしました。精霊は本来、秩序のもとに在るべき存在です。それを乱したのは、人の未熟によるものでしょう。学院には、再びこのような事態が起こらぬよう、教育内容の見直しを求めます」
ヘルミーネの表情が、ほんの一瞬だけかすかに歪んだ。
しかしすぐに元に戻り、「承知いたしました」とだけ答えた。それ以外の言葉は、喉の手前で止まっていた。
――――――
(精霊術学院 訓練場)
最後に再び訓練場へ戻り、ルーフェンによる祈祷が行われた。
壊れた壁を背景に、ルーフェンは静かに両手を組んだ。
「主なる御方よ。我らは今日、学院にて起こりし出来事を省み、再びこのような災いが訪れぬよう、深く祈りを捧げます。精霊たちに安らぎを与え、その心が乱されることなく、御心のままに静かに在らしめ給え——我ら人の子が歩む道を照らし、神の御業のもとにある秩序が正しく保たれ、力が誤って溢れ出すことのなきよう、導き給え。すべては御意のうちに。我らはただ、その秩序のもとに歩まん」
祈りの声が石の壁に沿って静かに広がり、訓練場の空気に溶けていった。
ルーフェンが率いる視察団は、やがて学院を後にした。教師たちは一時的に安堵の息を吐いたが、次の学術院視察の準備に、すぐに追われ始めた。
――――――
(リュート視点)
寮の窓際で、息をのんだ。
精霊が——変わった。
さっきまでそこにあった気配が、急に別のものに変わった。川の流れが一瞬だけ向きを変えるような——水が流れを失ってただ止まるような——そういう感触だった。怒りでも拒絶でもない。怯えとも違う。ただ、ひそまり方が変わった。嵐が来たから軒下に入るのとは違う。もっと染み込んだような、慣れのような——
どうした、急に。
考えて、答えはひとつしか出てこなかった。教会の視察。視察で何かがあった。
「教会が……何かをした?」
何をされたのかはわからない。ただ、精霊がこうなる何かを、教会はできる。それだけははっきりとわかった。




