第38話 告白
(リュート視点)
翌日、授業の合間の休憩時間に、アリシアが声をかけてきた。
最近はクラリスと一緒にいることが多かったから、こうして話しかけられるのは少し久しぶりに感じた。
「リュート、最近の精霊術の話、聞いた?」
アリシアの隣には、クラリスがいた。よく笑う子だという印象があったが、今日はいくぶん真剣な顔をしていた。
「聞いてみてよ。あたし、うまく説明できるか不安で」
クラリスがそう言ってアリシアを見た。アリシアは小さく息を吸ってから、話し始めた。
「昨日の実技みたいなことが、上級生でも起きているんだって。詠唱を失敗したり、暴発したりすることが多くなっているらしくて。先生方が調査するって話になってるみたい」
「調査……か。どうするんだろうな。詠唱ミスとか疲れとか精神の乱れとかで片付けてきた内容ばかりだろ?」
聞いてみたが、答えを期待したわけではなかった。
「どうするんだろうね」
案の定、クラリスは首を振りながら答えた。
「あれじゃない? 霊素を感知し続けていたら、なにかわかるとか」
アリシアがそう言った。なるほど、とクラリスが返した。
「ずっと感知し続けるのか。先生方も大変だな」
もしそうなら、と同情した。それから少し間があって、クラリスが話を飛ばした。
「でも、アリシアもリュート君も、精霊術の発動は安定しているよね。あたしは最近ちょっと不安定なんだよね。発動はするんだけど、効果が安定してないっていうか。思っていたのと違うタイミングで発現したり、強くなりすぎたり」
「え、そうなの?」アリシアが心配した様子で聞いた。
「うん。まぁ大丈夫だよきっと」
クラリスは明るく返した。アリシアに視線だけ向けた。アリシアもこちらを見てきた。
少し考えた。
この五ヶ月間、クラリスの精霊術が発動するたびに、他の生徒より強く精霊のざわめきを感じていた。俺だけがそう感じているのかと思っていたが、クラリス本人が安定していないと言った。本人も気づいていた。精霊の影響だろうとは思った。
クラリスの精霊術は、俺たちとは違う。精霊が嫌がる精霊術だ。話すことで、何かが変わるかもしれない。あるいは何も変わらないかもしれない。クラリスが信じなければ、それだけの話で終わる。信じたとしても、できるようになる保証はない。話せば俺たちのことを知る人間が一人増える。それがどういうリスクになるかはわからなかった。
話さない方が、楽だな、と思った。
でも、クラリスの「ちょっと不安定なんだよね」という声が、頭に残っていた。笑いながら言っていた。笑いながら言う種類の不安というのは、たいてい本当に不安なやつだ。
それを知っていて、話さないのは、誠実じゃない。
考えているうちに時間が経っていた。
「リュート君、やっぱり変わってるね。そんなに気にしなくていいのに」
クラリスに言われて気づいた。いつの間にか考え込んでいたようだ。
「変わっているか。そうかもな」
短く答えた。それから少し間をおいて、続けた。
「その……少し話したいことがある。今は時間がないから、今日の授業が終わった後、時間作れるか? アリシアも」
アリシアは頷く。クラリスは、「いいけど、何?」と聞いてきた。
「その時話すよ」
「ふーん、まぁいっか。じゃあ授業が終わった後ね」
「ああ」
そう言って、三人は次の授業の準備のためにばらけた。
――――――
授業が終わった後、三人はリュートが先導して訓練場にやってきた。
秋の陽はもう傾いていて、訓練場の石畳が西日に長く伸びた影を落としていた。この時刻の訓練場に人影はなかった。噂を聞いて訓練をやめている生徒が多いのだろう。好都合だった。
「訓練場まで連れてきて、なんなの?」
クラリスが尋ねた。少しだけ悩んだが、ここまで連れてきておいて何でもないはないな、と思い、答えた。
「精霊術のことだよ。俺とアリシアがどうやって使っているかを話しておこうと思ってね」
「精霊術?」クラリスが首を傾げた。
「その前に少し教えてほしいんだけど、クラリス、君は判定の儀で水晶は何個光った?」
「え? 八個全部光ったよ。だから精霊術が使えるんじゃない」
「俺はゼロ、アリシアは一個だ」
「え? ホント?」
「本当よ」アリシアが答えた。
クラリスはまだ信じられないという顔をしていた。
「え? でも……使えてるよね? 精霊術」
「どういうものかわからないけど、クラリスは精霊契約で精霊術が使えるようになったんだよな。でも……俺達は、契約していないんだ。ただ、精霊と仲良くなっただけで。こう、精霊にお願いするだけなんだ」
そう言いながら、手のひらの上に土の人形を作ってみせた。
五ヶ月で少し上手くなった。土の上位精霊っぽいという印象だった人形が、それだとはっきりわかるようになっていた。
クラリスは固まっていた。ただ、視線だけが、俺、アリシア、土人形を行ったり来たりしていた。俺とアリシアはクラリスが落ち着くのを待った。精霊はまたざわついていた。
「……ごめんだけど、すぐに信じるのは難しいかな。でも、どうして教えてくれたの? あたしは気にしないけど、判定の儀の結果がバレたら色々とめんどくさいことになると思うよ?」
「そう言ってくれるだけで十分だよ。ただ、ここから始めないとちょっと説明ができなくてね」
クラリス、また信じられないかもしれないけれど、と切り出したのはアリシアだった。
「私とリュートは精霊が見えるの。どう思っているかも感じることができるのよ」
「精霊が……見える? 感じられる?」
クラリスの顔の上に疑問符がいくつも浮かんでいるようだった。
一気に話しすぎたかな、とは思った。アリシアも同じ空気を感じ取ったようだった。少し飲み込んだ様子を見てから、続けた。
「これが土の上位精霊を真似して作った土人形だよ。他の精霊はこんな感じのがいろいろなところにいる」
そう言って土人形を崩し、球体を作った。
「そして……この精霊のざわめきが、噂の原因だよ」
クラリスは「どういうこと?」と確認してきた。
「精霊が嫌がっている。拒否していると言ってもいいかな。詠唱で精霊術を発動させるとき、いつも精霊がざわついているんだ」
「えっと、わからないけど……あたしの詠唱で精霊術を発現させたくないって、精霊が思っているということ?」
「君だけではなくて、他の人でもだけどね」
「でも……契約してるよ?」
「契約しているのは知っている。でも、契約の仕組みは俺にはわからない。ただ、俺が知っている精霊は、自由でいたいんだ。強制的に従えられて、命令されたいとは思っていないんだ」
しばらく沈黙があった。クラリスは地面に視線を落としていた。夕日が石畳の端まで伸びて、三人の影をひとつに束ねるように重ねていた。
「ごめん、ちょっとわからないし、認めたくもないかな。でも、もし、それがホントなら……ちょっとつらいかな」
力なく言う声だった。言葉を選んだ。
「話したかったのはこれだけだ。クラリス、君が今までどおりの精霊術を使うというならそれはしょうがないと思う。けど、俺達のような精霊術を使いたいと思ってくれるなら、協力するよ」
「……ごめん、ちょっと何も言えないかな」
アリシアがクラリスの肩を抱き、「急ぐ必要はないわ。ゆっくり考えて」と言った。
「さて、だいぶ話し込んでしまったな。もう帰ろうか」
俺がそう提案すると、クラリスが頷いた。アリシアが付き添って歩き出したが、俺がついてこないことに気づき、振り返った。
「俺は……少しだけ稽古をしてから帰るよ」
そう言うと、アリシアとクラリスは「じゃあ、また明日」と言って帰っていった。
二人を見送りつつ、ちょっと無理させてしまったかな、と反省していた。また明日謝るか。そう思っていると、背後に気配を感じた。
「今の話は本当なのか?」
驚いて振り返った。
そこにはユリウスがいた。




