第35話 四年間
(リュート視点)
三日後、俺とアリシアは入学試験の時と同じ時間に宿を出た。足取りは重くも軽くもない。ちょうどいいくらいだと思った。
学院に着いて周囲を確認した。ユリウスがいないことを祈りながら辺りを見回したが、まだ来ていないようだった。
発表の掲示板に向かった。まだ何も張り出されていなかった。アリシアと落ち着かない感じで待っていると、アリシアが「あっ」と指を指した。試験官と思われる人物が近づいてくるのが見えた。
「合格してるさ」と俺は言いながら、試験官の手に持つ紙を目で追った。
結果が張り出された。俺は196番、アリシアは93番、頭の中で繰り返しながら数字を探した。
どちらも、あった。
「あった……!」アリシアが自分の番号に指を指して何度も飛び跳ねた。
「おめでとう」と言ったら、「他人事みたいね」と言われた。その後「おめでとう、リュートも」と続けてくれたが。
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宿に戻ったとき、女将さんが厨房から顔を出した。
「どうだった?」
「合格しました」と二人で答えると、女将さんはにっと笑った。
「なら今夜はお祝いだね」
夕食の席に、普段より一品多く料理が並んでいた。
「四年間か」
アリシアが呟いた。合格の喜びで弾んでいた声が、少しだけ静かになった。
「そうだな」
「長いね」
「長いな」と俺も繰り返した。
「でもやりたいことがあって行く四年間だから。思ったより早く過ぎるんじゃないか」
アリシアはしばらく考えてから「そうだといいなぁ」と言った。それから「スーリィのこと、心配?」と続けた。
「兄さんがいるから」と俺は言った。
「それはそうだね」とアリシアが笑った。
精霊のざわめきが、この夜は少し遠かった。母さんの料理とは違う夕食を食べながら、これからの四年間のことを少しだけ想像した。精霊が苦しんでいる場所で、どこまでやれるかはわからない。でも、今日のところはただ合格を喜ぶことにした。女将さんの料理は美味しかった。
翌日、仕立て屋で採寸を済ませた。制服は入寮時に受け取れるらしい。採寸のあとはアリシアと王都を歩き回り、入寮前日まで観光して過ごした。
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入学の十日前に入寮した。この時期に入る者は少ないらしく、そのぶん先輩方に顔を覚えてもらいやすかった。
入寮して数日も経たないうちに、アリシアは同級生と仲良くなった。食堂で隣り合わせになったのがきっかけらしかった。以来、食事の時間はほぼ一緒にいた。
クラリス・フォン・ラントベルク。よく笑う子で、アリシアと話すときの明るい声は廊下の向こうまで聞こえてきた。
一度だけ、食堂でクラリスと三人で席が並んだことがあった。アリシアを挟んで座っていたクラリスが、ふと俺を見て「リュート君って無口だね」と言った。悪意のある言い方ではなかった。「そうかもな」と答えたら、「でもアリシアとは仲いいんだね」と続けた。よく見ている子だと思った。
二人が楽しそうに話しているのを横目で確認して、俺は一人で訓練場に向かった。
許可を取れば入学前でも訓練場は使えるらしいので、稽古のついでに精霊とも少し話してみた。
ここの精霊は村の精霊とは違った。同じ土の精霊でも、纏っている気配の重さが違った。何かを長い間抑えつけられてきたような、そんな重さだった。声をかければ反応はするが、村の精霊より慎重だった。当然かもしれない。ここでは精霊はずっと従わされてきたのだから。
入学したら、俺たちはどうするか。ごまかしながら四年間通すのか。それとも、別の何かがあるのか。
答えは出なかった。ただ、体を動かした。稽古をしている間だけは、余計なことを考えずに済んだ。
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入学式の前日、稽古から帰ってきた廊下でユリウスと鉢合わせた。今日入寮したらしい。俺が微妙な顔で立っていると、ユリウスはふんと鼻を鳴らして行ってしまった。ホッと胸を撫で下ろした。
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入学式当日。講堂に新入生が集まった。
アリシアはクラリスと並んで座っていた。仲がいいな、と思いながら、俺は少し離れた場所に座って式が始まるのを静かに待った。
精霊のざわめきは入学試験の時ほどではなかったが、収まってはいなかった。
学院長が登壇した。ヘルミーネ・アルトリース学院長。威厳を感じさせる佇まいだった。
「新入生諸君。精霊術学院へようこそ。本学院は、王国における精霊術研究と教育の最高機関である。ここに立つ諸君は、厳しい適性検査と入学試験を突破した、選ばれし四十名だ。精霊術とは、力であり、責務であり、時に危険を伴う術だ。精霊の加護を受ける者は、同時にその力を正しく扱う義務を負う」
続いて、大聖堂の司教ルーフェン・シュタイナーが登壇し、祈祷を行った。それから生徒会長が壇上へ歩み出た。
生徒会長は、アレクシス・フォン・グランツハイム。この国の王族の一人のはずだ。
彼が壇上に足を踏み出した瞬間、精霊の揺らぎが変わった。ざわめきではなく、凪いだわけでもない。静止、という言葉が近かった。何かを見定めようとするような、じっとした静けさ。俺には、その理由がわからなかった。
アレクシス様は落ち着いた言葉で新入生を歓迎し、「仲間がいて、先輩がいて、支えてくれる教員がいます。恐れず、助けを求めてください」と言った。
その後の新入生代表の挨拶で入学式が終わり、クラス分けが発表された。
俺とアリシアは同じクラスだった。ユリウスとクラリスも同じクラス。そして入学式で新入生代表の挨拶をした、ラインハルトという男とその取り巻き二人も同じクラスだった。
移動中、ラインハルトがユリウスの肩を叩いて笑いながら言うのが聞こえた。
「同じクラスか。せいぜい私の役に立てよ」
ユリウスは笑っていたが、その笑顔が引きつっているように見えた。
貴族は貴族で大変なんだな、と思った。
アリシアはクラリスと楽しそうに話しながら歩いていた。俺はその様子を微笑ましく眺めた。
教室に着いた。担任を名乗るゲオルク・フォン・エーレンバルト先生が入ってきた。実技担当らしく、今日はこれで終了、授業は明日からだ、とだけ告げて出ていった。
寮に戻り、ベッドに横になって、明日の授業のことを考えているうちに、いつの間にか眠っていた。




