第31話 器と後援
(リュート視点)
翌朝、家族全員でガレス様の館に向かった。前日のうちに相談があるとだけ伝えてあった。
食堂に通された。中に入ると、父さんの足が止まった。
ガレス様、マリナ様、エリオット様、アリシア。そこまでは想定の範囲内だった。だがその上座に、もう一人いた。
ヴァルデンブルク様だ。なぜここに。
「ひとまず席に着きたまえ」とガレス様が促した。疑問は山ほどあったが、まずは座った。
席についてから、ヴァルデンブルク様が口を開いた。
「昨夜こちらに到着した。ここに来たのは、皆が集まっているのと同じ、精霊術学院のことだ。レンツ領でのリュートのことを、我が領の神父様に話してしまってね。教会との関係を損ねるわけにもいかず、つい余計なことまで口にしてしまった。その結果、教会の者がブランデル領に向かったと聞き、急ぎ追ってきた。この事態を招いたのは、他ならぬ私の落ち度だ。迷惑をかけた」
ヴァルデンブルク様が頭を下げた。
「おやめください」と父さんが慌てて立ち上がった。
「ヴァルデンブルク様が頭を下げることではありません」
周囲も頷いた。ヴァルデンブルク様はしばらく「しかしな」と言いたそうな顔をしていたが、父さんの「私どもは少しも気にしておりません。よろしければお知恵をお貸しいただけませんか」という言葉に、静かに引いた。
父さんが状況を改めて整理して説明した。俺の引っかかりも含めて。
「なにか思い当たる節があるのか、リュート」とガレス様が聞いてきた。
「はっきりとは言えないんですが。判定の儀の結果が教会内で共有されているとしたら、迷い魔を討伐したとはいえ、一度ゼロと判定された子どもに対してわざわざ動くのが、腑に落ちないんです」
「確かに」とガレス様が顎に手を当てた。「アリシアも一つだったが、リュートのおかげで精霊術を使えるようになった。スーリィも三つだったと聞いているが、精霊が見える以上、いずれは使えるようになるかもしれない」
そこでヴァルデンブルク様がアリシアとスーリィに視線を向けた。驚いた表情だった。そうなるよな、と俺は内心で思った。ヴァルデンブルク様でも、それは知らなかっただろう。
「だから、教会の真意がわからないことには、簡単には受けられないと思って」俺が続けた。
「私の浅慮を取り繕うわけでも、教会を庇うわけでもないが」とヴァルデンブルク様が前置きして言った。
「私が話した神父様も、領都の教会の者たちも、私が知る限り皆、真摯に教義と向き合っている。何かを図るような人間ではないぞ」
「村の神父様も、悪い人間ではないだろう」ガレス様も言った。
「つまり、考えすぎということでしょうか?」母さんが尋ねる。
「そうだな。善意と厚意からの話と考える方が自然だろう」
ヴァルデンブルク様がそう言うなら、そうなのかもしれない。でも、引っかかりは消えなかった。俺の中にそれは、まだそっとあった。
「それはそれとして、どう思っているの?」とマリナ様が聞いてきた。暗い話は横に置いて、という意味だとわかった。
「いい話だと思ってるわ」と母さんが先に答えた。父さんも頷いた。
「リュートは?」とマリナ様が俺を見た。
「……正直に言えば、精霊術はもう使えていますので、わざわざ王都まで行って勉強するほどではないかと思っています」
「リュート」母さんの声がわずかに強くなった。「あなたはエルドの稽古がなくても、今の剣術の腕前になれたと思う?」
胸を突かれた。思えるはずがない。母さんはその沈黙を見て続けた。
「精霊術も同じじゃないの?精霊術学院が教えることと、あなたの精霊術は違うかもしれないわ。でも、もっとうまくなりたいと思っているのなら、何か得るものはあるはずよ」
「……あ、でも学費や王都での生活費が」
言ってから、しまったと思った。
「それはお前が心配することではない」父さんの語気が強まった。
「それくらい用意できる」
うなだれていると、ヴァルデンブルク様が笑った。
「はっはっは。観念するんだな、リュート」少し間をおいてヴァルデンブルク様が続けた。
「よし、必要な費用はすべて私が引き受けよう。この件は私の発言から始まったものだ。その詫びも込めて——それに、君はいずれ大きなことをなす器だと見ている。将来を見込んだ支援というものだ。教会に囲い込まれる前に、私が恩を売っておかねばな」
笑いが落ち着いてから、ヴァルデンブルク様の視線がアリシアに向いた。
「どうせなら、アリシア、君の分も引き受けよう。精霊術が使えるのだろう?興味があるなら行くといい」
「ヴァルデンブルク様!?」
ガレス様とマリナ様が同時に立ち上がった。アリシアはきょとんとしていた。
「不服か?」とヴァルデンブルク様が軽く言った。
「取り乱しました。申し訳ありません」汗を流しながらガレス様が答えて、すぐにアリシアを見た。
「アリシア、どうだい?」
アリシアはしばらく黙って、それから口を開いた。
「興味は……ある。でも一人じゃ不安。リュートが行くなら」
そう言って、俺を見た。
「不安」と言っているが、目は違った。普段の稽古のときよりも、ずっと輝いていた。精霊術をもっとうまくなりたいのだろうと思った。きっと、ずっとそう思っていたのだろう。
全員の視線が俺に集まった。
やられた、と思った。
「……わかりました。行きます」と俺は言った。誰かにきちんと教えを乞うことも必要だとは思っていた。
「でも入学試験があるんですよね。受かるかはわかりませんよ」と付け加えた。
「今が二月、入学試験は四月だったな。グランツィリアまでは三週間ほどかかるはずだ」とヴァルデンブルク様が顎をさすった。
「そんな無茶な」
「普段から勉強しているのだから大丈夫だろう。明日二人で教会に行き、どんな試験か聞いてくるといい」とガレス様が軽く言った。
「……はい」と答えるしかなかった。
「お兄ちゃん、アリシアお姉ちゃん、頑張って」スーリィが言い、「大変だな」とエリオット様と兄さんが声を揃えた。
他人事だな、と思いながら、俺はすでに頭の中で試験対策の計画を立て始めていた。
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