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隔絶した世界に転生した親友と  作者: まーくん
青年期ーリュート編ー

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第30話 使者

(リュート視点)

 

 ヴァルトが消えてから、ちょうど二ヶ月が経っていた。


 あの夜、空に向かって「またな」と言った。別れの言葉にしては短すぎたかもしれないが、あいつが消えた後、その二文字はずいぶんと長く夜の中に漂っていた。今でも、ふとした拍子に浮かぶことがある。まあ、あいつのことだから翌朝には忘れていそうだ。そう考えながらも、それを信じていない自分もいた。


 剣術の稽古は朝が基本だった。霜が溶けかけた地面を踏みながら、父さんに叩き込まれた型を繰り返していた。体が大きくなるにつれ、剣の重みが変わってきた。力が乗るようになった分、制御に意識を向けなければならなくなっていた。その加減が、少しずつわかってきていた。


 精霊術の稽古はそのあとに続けた。師はいない。精霊に頼んで、反応を見て、また頼む。それだけの繰り返しだった。ヴァルトが滞在した一ヶ月強の間、工事を手伝いながら、あいつと時折目が合ったりしながら、なぜか精霊との呼吸は素直になっていた気がする。余計なことを考えなくなったのかもしれない。


 そんな日々が続いていたある日の昼前、家の中から母さんの声がした。


「リュート、お客様よ」


 応接間に通されると、見知らない男が二人座っていた。一人は落ち着いた目をした四十代ほどの神官で、フィリップ・ホフマンと名乗った。もう一人はやや若い神父で、マルタ・ベルクマンといった。ヴァルデンブルク辺境伯領の教会から来たと言った。


 父さんと母さんも向かいに腰を下ろし、俺は二人の横に座った。スーリィは兄さんとアリシアに外で見てもらっていた。


「本日参りましたのは、リュートさんのことでございます」


 ホフマン神官が静かな声で切り出した。押しつけがましさのない、落ち着いた話し方だった。


「王都グランツィリアにある精霊術学院への入学を、ぜひお勧めしたく参りました。レンツ領での迷い魔討伐のこと、精霊術を独学で習得されているということは、ヴァルデンブルク様よりお聞きしております。その才をこの辺境に留めておくのは、惜しいことかと思いまして」


 精霊術学院という名前は聞いたことがあった。王国が運営し、教会も協力している。卒業後は国にも教会にも貴族にも、様々な進路が用意されているという場所だった。


 悪い話ではない。師はいない。精霊に頼んで、反応を見て、また頼む——それだけを繰り返す今の稽古を思えば、体系的に学べる場所ができることは、素直に魅力だった。


 ただ、ヴァルデンブルク様から、という経路がどうしても頭を離れなかった。ヴァルデンブルク様が俺に目をかけてくださっているのはわかる。だが、それと、教会がわざわざ使者をよこす理由は、つながらない。


「一つ聞いてもいいですか?」

「もちろんです」

「俺は判定の儀で、ゼロだったんです。それでも勧めてくださるというのは……」

「存じあげています」とホフマン神官は少し眉を上げた。

「ただ、過去にどのような判定を受けていたとしても、現に精霊術が使えているという事実の方が重要と考えております。精霊術学院もそのように判断するはずです」


「存じあげています」……その一言が、どこかに引っかかった。うまく言葉にできないまま「そうですか」と返した。


 ホフマン神官はしばらく村の教会に滞在すると言い残し、丁寧に頭を下げて出ていった。


 さっきの引っかかりがゆっくりと形になってきた。判定の儀は教会が取り仕切っている。その記録がどこまで共有されているかはわからないが、知っているというのであれば、辺境の村の一度ゼロと判定された子どもが精霊術を使ったという話だけで、わざわざ使者を寄越してくるものだろうか。


 疑いすぎかもしれない。でも、あっさり信じすぎるのも違う気がした。


「いい話だと思うけど、どうしてそんな顔してるの?」と母さんが自分の手を使って俺の今の顔を作って言った。

「……そんな顔してた?」

「してるわね」顔から手を離した。


 父さんが腕を組んだ。


「なにか引っかかることでもあるのか?」

「ええ、ちょっと整理します」


 俺は少し考えた。感覚の話で、言葉にするのが難しい。でも流してしまうと後悔する気がした。


「判定の儀の結果は教会の間で共有されているようでした。それなら適性があった子のところに話が行くならまだわかりますが、ゼロだった俺に対して迷い魔を倒したという話だけで、わざわざ使者を送ってくるものかなと。何か別の理由があるんじゃないかと」

「ホフマン神官様はそういう悪い顔をしていなかったわ」

「そうなんだよね。気にしすぎかもしれない」

「ひとまず、明日ガレス様に相談してみよう。ホフマン神官様たちはしばらく滞在するということだし、急ぐ話でもない」


 父さんが話を締めた。


 そうしようと決めた夜、廊下が薄く光っていた。


 頼んでもいないのに、精霊が寄ってきていた。不安を感じているみたいに——いや、感じているのではなく、ただそこにいた。俺の気持ちの傍に。


「ありがとな」


 そう呟くと、光がわずかに揺れた。


毎日20:00投稿予定

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