第28話 隔別 ー別れの日ー
(リュート視点)
工事が完了した翌日の午後、ヴァルトに呼び出されてヴァルトの部屋を訪れた。
この一ヶ月、工事の合間に何度も話した。当たり障りのないこと、たわいもないこと、それだけじゃないことも。今更改まってなんだ、と思いながら扉を叩いた。
ヴァルトが椅子に座っていた。対面の椅子に座った。
「どうしたんだ?」と聞いた。
「昨夜、連絡が来た。もうすぐのようだ。もう少しかかると思っていたが、だいぶ早かったな」とヴァルトは言った。
「あと数日だろうな。早ければ、今日かもしれない。だから、それを伝えるために呼んだんだ」
「帰れるのか?」
「そうだな」
少し間が空いた。
「村にも慣れてきたところだろうに、寂しくなるな」
「本来俺はここにはいないはずの人間だ。気にすることはない」
「そうなんだろうけど、でもいたからな。その事実はもう消えはしない」
「そうだな」
「ガレス様やアリシアには伝えたのか?」
「いや、伝えていない。手紙を書いた。いなくなったら渡してくれ。俺が帰るのは突然で、挨拶する暇はないだろうからな」
手紙を受け取った。「今見ても?」
「殴るぞ」
「冗談だよ。あとでしっかり渡すよ」
「ああ、渡したあとなら構わないさ」
ヴァルトが続けた。
「この一ヶ月で話したこと、忘れるなよ」
「ああ、あの約束もだな」
「そうだな。気をつけろよ。お前の優しさは美徳だが、それを利用しようとするやつもいずれ現れるだろう。巻き込まれるなよ」
「お前だって、その冷静さと効率家っぷりでいらない争いを生むなよ」
「それは……無理だろうな」
「早いな」
「ああ、俺は……魔王になるからな。兄弟たちを倒さないといけない」
それを、ヴァルトが自分について言った。「王族は大変だな」と俺は言った。
「手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「そうだな。好きに行き来できるなら考えるが、こっちで守らないといけないことや、やりたいことがあるからな」
「知ってるよ」とヴァルトは言った。少し間を置いて、「まぁ、アリシアと仲良くな」と付け加えた。
返そうとした言葉が、出てこなかった。アリシアは何も知らない。手紙を渡すのは、ヴァルトがいなくなった後だ。受け取る時、あいつはどんな顔をするだろうかと思った。思ってから、考えるのをやめた。
その時、ヴァルトの足元に光が滲んだ。
床に魔法陣が浮き上がった。小さく、静かに光を広げていた。
ヴァルトがそれを見下ろし、「時間だな」と言った。
「さすがヴェルザリア姉上は仕事が早いな。ガルディス兄上も大変だったろうな」
「兄弟か?」
「ああ、頼れる。……な」
光がゆっくりと強くなった。ヴァルトの足元から、膝の高さまで白さが上がってきた。
「だから魔王になるか」
「そうだな。魔王になる頃にはどうなっているかわからないがな」
光がさらに広がった。ヴァルトの腰まで包んでいた。輪郭が、少しずつ白くなり始めた。
「次に会う時……俺たちは敵か?」と俺は聞いた。
ヴァルトは一瞬だけ目を伏せた。
「ならないさ。……たぶんな」
口の端が、片方だけ上がった。
光が胸まで来た。肩まで来た。
「死ぬなよ」
「お前もな」声は聞こえた。
「また、いつかな」
「ああ」
光が完全にヴァルトを包み込んだ。
一瞬の後、消えた。
部屋の中に、俺一人だった。ヴァルトが座っていた椅子だけが残っていた。
しばらく、その椅子を見ていた。
「約束だぞ」
俺はもういない友に向かって呟いた。
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