第26話 隔別 ー改善提案ー
(ヴァルト視点)
翌日は、紙とペンを借りて部屋にこもった。
養蜂地帯の防獣柵の設置、共同井戸の改修、共同倉庫の耐湿化——この三点を優先して書き出した。理由と期待される効果、それから具体的な作業手順まで、一項目につき一枚にまとめた。加えて、すぐには難しいが将来的に手をつけるべきこととして、村外周の水路整備と葡萄畑の排水溝整備も二枚書いた。
書きながら、この程度の湿度なら腐る——そんな感覚が、理由もなく浮かんでいた。こうすれば良いという確信だけがあった。それをそのまま紙に書いた。二部作った。
次の日の午後、ガレス殿、エルド殿、エリオット、ランベルトの四人に部屋に集まってもらい、説明をした。領地の予算もあるだろうから全てができるとは思わないが、自分から見た改善点を伝えたかった、という前置きをしてから始めた。
四人は資料を受け取り、説明を聞きながら、何度か顔を見合わせた。説明を終えると、四人で小声で相談を始めた。
四人の様子を眺めた。エルド殿は腕を組んで資料を見ていた。エリオットはガレス殿と何かを確認している。ランベルトは黙って聞いていた。ガレス殿は何かを考える時、口を軽く結んで少し顎を引く癖があるらしかった。今がそうだった。
やがてガレス殿が代表して発言した。
「まずは提案ありがとう。大変ありがたい。どれも我が領地にとって必要な内容だと思う。ブランドルフ以外の村でも実践したいと思っている」
それから一拍置いて続けた。
「共同倉庫の耐湿化については、指揮を手伝ってもらえるとありがたいのだが、どうだろうか」
「提案しておいてなんだが……名も知らない人間の指示を聞いてもらえるだろうか、というのが懸念だ」
「問題ない。最初はエリオットを同行させる。少し作業を進めれば、すぐにヴァルト殿のことを理解するだろう。そうなれば、エリオットがいなくなっても大丈夫だ」
「そうだろうか。それならば承知した」
「作業は明後日からでも良いか。明日中に人を集める」
「構わない」
「では、頼む」
礼をして部屋を出ると、廊下でリュートとアリシアが慌てて扉から離れるのが見えた。
「どうしたんだ?」と聞いた。
「こっちのセリフだ。なんであんなこと知ってるんだよ」リュートが聞いた。
「なんでだろうな。そう気づいたから提案しただけだ」
「俺も手伝うかな」リュートが言った。
「構わないが、手伝うならしっかり働けよ。せめて邪魔にはなるなよ」
「おい」リュートが笑った。アリシアも笑った。三人で少しの間笑った。
――――――
工事の話は領民の間にすぐに広まったようで、人はすぐに集まった。倉庫の耐湿化は以前から必要だと思っていた者が多かったらしかった。
エリオットに連れられて共同倉庫へ行くと、すでに作業員が揃っていた。エリオットが皆を集め、紹介した。
「今回の共同倉庫の耐湿化工事の指揮を取るヴァルト殿だ。この改善案を提案してくれた方でもある」
作業員から驚きの声が上がった。
まぁそうだろうな、と思った。こんな子どもが提案者で指揮を取るのだから、驚いて当然だった。
エリオットがこちらを見て「作業を始める前に何かあるか?」と聞いた。
少し考えてから、作業員に向かって言った。
「今回の工事は、皆が手間暇かけて育て収穫した穀物と、特産である蜂蜜の品質を守り、害獣から守るための物だ。皆それぞれの想いがあって集まってくれたと思うが、そういう時は意外に怪我をしやすい。十分に安全に気をつけて、怪我なくやり切ってほしい。私はその手助けをすることしかできない。よろしく頼む」
言い終わってから、少し言葉が整いすぎたかもしれないと思った。ただ、内容は間違っていない。
作業が始まった。
――――――
工事が始まって数日経ったある日、休憩の最中に年配の蜂飼いが声をかけてきた。
「あんた、こういうこと、どこで覚えたんだ」
手を動かしながら聞かれた。「わからない」と正直に答えた。
「昔、似たようなものを見た気がする」
男は少し間を置いてから「そうか」とだけ言い、また作業に戻った。それで終わりだった。
悪くない終わり方だ、と思った。そういう会話が、何度かあった。
皆よく聞いて動いてくれた。アリシアも来た。作業よりも、作業員たちに声をかけて回っていた。声をかけられた者が少し表情を緩めるのが、何度かあった。そういう役割もある、と思った。
途中からリュートも来た。口数は少ないが、言われる前に次のことをやっている。悪くない。作業中に一度目が合ったら、リュートはわずかに頷いた。それだけだった。
一週間が過ぎた頃、壁の最初の一区画が仕上がった。作業員の一人が短く「よし」と言って手を叩いた。小さな声だったが、あちこちで同じ声が重なった。リュートがその輪の中にいた。
二週間が過ぎた頃、雨が降った。作業は中断して、屋根のある場所に移った。作業員が倉庫の脇に集まって休んでいた。リュートが「今日はダメだな」と言いながら、当たり前のように隣に座った。それ以上は何も言わなかった。それでよかった。
しばらくして、アリシアが反対側に来て座った。三人並んで、雨が屋根を叩くのを聞いていた。
「ヴァルトって、魔界に帰りたいの?」と、不意に聞いてきた。
「帰らなければいけない」と答えた。
「それって、帰りたいってことじゃないよね」とアリシアが言った。
雨の音が続いた。何も答えなかった。アリシアもそれ以上は聞かなかった。
リュートが「雨、そろそろ止まるかな」と言った。「どうだろうな」と返した。
三週間が過ぎた頃、大半の作業が終わっていた。残りは仕上げだけだという段階になって、作業員の何人かが「思ったより早かったな」と言い合っていた。リュートが「そうですね」と返した。アリシアがその横で、少し笑った。
そういう日が続き、一ヶ月後に工事が完了した。
作業員からは「その歳でなんでそんなことわかるんだ」や「他にも何かあるのか」などと言われたが、うまく誤魔化した。「ありがたいけど、逆に怖いよな」と笑いながら言われた時は、それはそうだと思った。
二ヶ月の、半分が終わった。
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