第24話 隔別 ー設計ー
(ガルディス視点)
ヴェルザリア姉さんに連れられてきたのは、僕の部屋だった。
ヴェルザリア姉さんの執務室でも、ヴァルトの執務室でもなく、僕が普段寝起きしている部屋だった。戸惑いながら中に入ると、ヴェルザリア姉さんは僕に椅子に座るよう示し、自分も向かいに座った。
「まず状況を整理するわ」
落ち着いた声だった。動揺は、もうそこにはなかった。
「昨夜の深夜にヴァルトが姿を消し、今朝、行方不明判定されたわ。慣習では、二ヶ月経っても見つからない、現れてこない場合は死亡扱いとなるわね。死亡扱いになれば、王族としての地位も権力も全て失い、それらは復活しない。その後に戻ってきても、遅いわ」
「……わかってる」
「二ヶ月以内に連れ戻すわよ」
断言だった。計画を話しているのではなく、すでに結論が出ているかのような言い方だった。
「ヴァルトの行方不明の原因は、人界に送られたこと。確証はないけれど、ヴァルトの書き込みの信憑性は高い。直感がそう判断してるわ」とヴェルザリア姉さんは続けた。
「その前提で話を進める。転送魔法陣の仕組みを教えて」
僕は呼吸を整えた。転送魔法の術式については、この数ヶ月で繰り返し調べていた。頭の中で組み立てながら答えた。
「まず転送する対象を確定させる。次に転送する座標を決める。そして魔法陣と座標の間に、魔力で通り道を作る。最後に、通り道を通して対象を移動させる」
ヴェルザリア姉さんはそれを書き出しながら「そうね」と言った。
言いながら、服の袖のボタンを一つ外した。書類を丸めて筒にして、その中にボタンを入れ、筒の口に息を吹きかけた。
ボタンが、筒の反対側に飛び出した。
「移動はこう。これが転送魔法の根幹よ。ヴァルトを送れたということは少なくとも人界の座標はわかっているわ。だから、帰還魔法は——逆のことをすれば良いわ。座標と転送対象はヴァルトに特化して、あとは引っ張ればいいわ」
僕は一拍遅れて追いついた。
「引っ張るというのは……」
「転送魔法は送る。帰還魔法は戻す。移動の方向が逆。つまり、押し出すのではなく、引き込む。その通り道を、ヴァルトの位置から魔法陣の方向に作ればいいの」
言葉はわかった。仕組みもわかった。ただ——
「人界にいるヴァルトの位置が、こちらからはわからないのでは?」
「それは後で説明するわ」とヴェルザリア姉さんはすぐに返した。
僕は押し黙った。少し息が浅くなっているのに気づいた。速度についていこうとすると、いつもこうなる。
「転送魔法の仕組みで使えるのは——移動と、通り道。それに人界への座標。足りないのは、人界の中でのヴァルトの座標だけ。ということは、人界でヴァルトを探知できれば良い。そして探知魔法は探知に条件はあるけれど、一般的な技術よね」
「一般的ではあるけど……」
「つまり、既存の魔法技術の組み合わせで帰還魔法は作れるわ」
一度、思考が追いつかなかった。論理の筋はわかった。ただ、そこから「作れる」に繋がる感覚が、どうしても来なかった。
「どうやって人界のヴァルトを探知するんだい」と正直に聞いた。「それが結局、無理なのでは?」
「探知魔法はどうやって対象を探知してると思う?」
「自身の魔力と探知したい対象の魔力の波長を同調させる。同調させた魔力を薄く拡散させる。同調した魔力はその魔力と結びつく——そこで変化が起こる。それが探知魔法だ」
「だからできる」
今度はまったく追いつかなかった。探知魔法の仕組みは知っている。その通りだ。だが、どこから「できる」が来るのか。
「……もう一度、そこだけ説明してくれないか」
ヴェルザリア姉さんは表情を変えずに続けた。
「同調した魔力を、人界に送るの。流れはこうね。まず一度、人界との通り道を作る。その通り道を通して、ヴァルトに同調させた魔力を人界に流す。ヴァルトの反応を拾う。それで位置がわかる。そして引っ張る」
今度は追いついた。
追いつくと同時に、別の考えが頭を過った。魔力を、送る。魔力が届くなら——そこまでにした。
思考を戻し、ヴェルザリア姉さんの顔を見て、恐ろしくなった。次の言葉が来る前に、僕は静かに目を閉じ、天を仰いだ。
「あとは実践するだけよ」
一瞬の静寂があった。
「だからできるわよね。ガルディス」
まだ何も作っていないのに、完成した後の話をしているような言い方だった。肩で息をしているヴェルザリア姉さんが、興奮気味の目でこちらを見ていた。
僕は心の中で思った。
二ヶ月で?その規模の魔法を?どうしてそんなに自信があるのか。
無理だ。そう言おうとした時——
「それに、ガルディス。あなた、転送魔法の対策、ずっと考えてたでしょ。それに帰ってくる方法も」
どうして知っているのか、わからなかった。
ヴェルザリア姉さんには勝てない。もともと争う気はないが、この瞬間、本気でそう思った。
静かに頷いた。「やってみる」とだけ言った。
――――――
廊下に出ると、ヴェルザリア姉さんはすでに歩き始めていた。一秒を惜しむかのように。僕はその後ろをついていった。急いで廊下を歩くと、息が上がったが、構わなかった。
胸の中には焦りがあった。二ヶ月。それだけしかない。
隣を見ると、ヴェルザリア姉さんの顔に不敵な笑みがあった。
焦りとは違う何かが、その目の中にあった。
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