第22話 隔別 ー深夜ー
(リュート視点)
目が覚めた時、部屋は真っ暗だった。
どこかで虫が鳴いていた。窓の外の暗さが、まだ夜の深いところにいることを教えていた。体を起こし、周囲を見渡す。声は聞こえない。館全体が静まり返っていた。
昼のことを、頭の中で遡った。
ヴァルトと話していた。果実水を注いでもらった。そこから先はない——いや、ある。頭の中に。別の誰かとして生きていた時間が、ある。それがどっと流れ込んで、意識を押し流した。
今はもう痛みはない。脈拍も正常だ。
「ここにいたんだな、侑人」と、ヴァルトは言った。
俺の名前を、呼んだ。この世界に来る前の名前を。
俺もあの言葉を、返した。
ということは——ヴァルトが、勇人だ。確認はしていない。だが、もう疑っていなかった。
頬をつねった。
「夢じゃないな」
声に出したら少し落ち着いた。
侑人の記憶がある。意識は侑人でもあり、リュートでもある。一つなのに二つ。二つなのに一つ。うまく説明できなかったが、どちらも本物だと感じた。
ベッドから出て、扉に向かった。
廊下に出ると暗かった。燭台に火を入れようかと思ったが、手を止めた。あまり音を立てたくなかった。精霊に光るよう頼んだ。廊下の足元がほんのわずかに滲むように明るくなった。
歩き出してから気づいた。足元の光を見て、少しだけ足を止めた。
こういうことを知っている——いや、知っていた。あの記憶の中で、こういう場面があったのかもしれない。
廊下を抜けて、外に出た。
夜の空気が頬に当たった。冷たかった。秋の終わりに差し掛かっていて、夜の気温は日ごとに落ちていた。そのはずなのに、なぜかこの冷たさが懐かしかった。別の季節の、別の夜の、冷えた空気の感触が、どこかに重なった。
領主の館に向かって歩いた。
館の扉の前に、人影があった。
石壁の側から静かに近づいて、目を凝らした。
ヴァルトだった。
姿が見えるように近づくと、ヴァルトがこちらを見た。
「やはり来たか」と小声で言った。
「お前もな」と返した。
暗くて表情がよく見えなかった。それでも、眉根を寄せたまま口元だけが力なく横に引かれているのがわかった。おそらく俺も同じような顔をしていた。それを見て、互いに乾いた笑いが漏れた。
確認は必要なかった。
――――――
少し落ち着いてから、俺は辺りを見渡した。ここでは声が届く。もう少し離れた方がいい。
顎でヴァルトに合図し、館から離れた方へ歩いた。丘の方に向かった。移動中は無言だった。互いに、どこから、何から話せばいいのかを考えていたと思う。
丘の上には一つの大きな岩があった。長い年月を経て角が取れ、地面との境から植物が絡むように生えていた。
「ここならいいか」と俺は言った。
「ああ」とヴァルトが返した。
柔らかな風の音だけが聞こえていた。
岩を背にして地面に座った。ヴァルトから声が出た。
「体は?」
「問題ない。お前は?」
「俺もだ」
少し間が空いた。
「昨日のことは?」
「覚えている」
また間が空いた。今度は少し長かった。ヴァルトからだった。
「さて、どこからかな」
「まぁ最初から。覚えていることだろうな」
「だよな」
最初は当たり障りのないことから始まった。交互に思ったことを言った。
「夢というか、知らない世界のことは見えたか?」とヴァルトが聞いた。
「ああ。ただ、夢ではないようだがな」
「何が見えた?」
「地面に刺さっている固い棒の先に、赤と青の光る何かがついているやつ、わかるか?」
「信号というやつだろ」
「そう。夜でも昼のように明るくて、多くの人が急ぎ足で歩いている。俺の知らない場所なのに、驚いていない」
「ああ、俺も同じだ。夜にすごく整備された道を歩いていて、急に目の前が見えないほどに明るくなった。これだけは嫌な気持ちになる。ただ、明るいだけのはずなのに」
それを聞いて、俺も同じ感触を持っていた。あの光だけは、何度思い出しても、胸の奥が固くなる。
「見えたものだけじゃない。俺はお前に昨日初めてあった。そのはずなのに、初めてという気がしない」
「一人の人物が多く見えた。その人物は侑人というらしい。昨日倒れた時にお前と重なって見えた」
「侑人は……いる」
「俺の中にも勇人がいる」
しばらく、二人とも黙った。
「でも俺はリュートだ」
「ああ、俺はヴァルトだ」
それだけで、きちんと伝わった気がした。
ヴァルトが空を見上げた。夜の空は澄んでいて、星が多かった。しばらくしてから言った。
「……全部思い出したら、どうなると思う?」
「さあな。でも——今のままでいい」
ヴァルトは何も言わなかった。ただ、また空を見た。
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