第21話 再会 ー名を呼ぶ声ー
(ヴァルト視点)
「まだ飲むか?」
突然声がした。
すぐ横にリュートが立っていた。果実水が入った陶器の水差しを持っていた。わずかに息を呑んだ気配がした。リュートは俺の手元に目を向けていた。それだけだった。
「ああ、いただこう」
器をリュートの方に出した。果実水が注がれるのを見た。
その時、一瞬——この状況と似ているが違う景色が見えたような気がした。もっと狭い場所。もっと騒がしい場所。何かを注いでもらっていた記憶のような。それとも注いでいた記憶だったか。どちらかわからないまま、消えた。
「気に入ったか?」
「そうだな、思ったよりうまい」
「思ったよりって、なんだよ」
「褒めてる……」
「……褒め方が、雑……だな」
リュートの言葉が、途中で消えた。
頭の中に、何かが突き刺さるような痛みが走った。
扉を内側から引き裂いてこじ開けるような感覚が、胸の奥で起きた。
止まらなかった。
奥底で眠っていた何かが、濁流のように溢れてきた。知らない顔が見える。知らない場所が見える。知らない言葉が聞こえる。知らないはずなのに、知っている。ひとつひとつがばらばらに流れ込んでくるのではなく、全部が同時に、ある一人の人間の人生として、どっと押し寄せてくる。思わず頭を押さえた。椅子から転げ落ちた。床の冷たさが頬に当たった。
意識の端で、リュートを探した。
リュートも同じだった。呻きながら頭を押さえて、床に這いつくばっていた。
俺だけではなかった。なぜリュートが——という問いが浮かんだが、答えが来る前に、別の何かが押し流した。
知らない記憶が止まることなく溢れてくる。別の自分が確かにそこにいた。別の世界に生きていた。別の名前を持っていた。
これは俺の記憶ではない。だが、確かに“俺のもの”だ。無意識に顔を伏せ、目を瞑った。
瞼の裏に、男の姿が見えた。
知らない。けれど懐かしい。
その懐かしさは、痛みを和らげるような質を持っていた。見ているだけで、張り詰めていた何かが緩むような——そういう顔だった。その男が笑うと、自分も笑っていた気がした。何も説明しなくてよかった。弱いところを見せても、その場にいてくれた。そういう誰かだった。
目を開けた。
その男が、リュートと重なった。名前が、喉まで出かかっていた。ずっと前から知っているはずの名前が——。
その瞬間、知らないはずの理解している言語が声になった。
『ここにいたんだな、侑人』
薄れゆく意識の中で、リュートが俺の腕を掴んだ。顔をしっかりと見て、同じように言った。
『お前だったんだな、勇人』
互いの言葉が、確かに届いた。それだけで十分だった。二人の意識は、静かに沈んでいった。
皆が心配に叫ぶ声がしていた。しかし二人の耳には、もう届いていなかった。
二人の表情には、どこか安心した色が浮かんでいた。
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