第19話 再会 ー不在ー
(ガルディス視点)
ヴァルトが、昨夜から姿を見せていない。
報告は朝食の後に届いた。朝食の席にも顔がなかったが、最近は調査で忙しくしていたから城を出ているのだろうと思っていた。それが普通だった。だから報告を受けた時、最初は信じなかった。
僕はすぐにヴェルザリア姉さんの部屋を訪ねた。廊下は静かだった。足音が石に響く。燭台の炎がいくつか並んでいて、それぞれが別々のリズムで揺れていた。
ヴェルザリア姉さんも報告を聞いたばかりだった。顔に動揺があった。普段は表に出さない感情が、今日はそのまま顔に乗っていた。
「心当たりはある?」と聞いた。
ヴェルザリア姉さんは首を振った。
「自分から消えることはない。理由もないし、そういう子じゃない」と僕は言った。
ヴェルザリア姉さんは何も言わなかった。ただ頷いた。同意というよりは、もっと先のことをすでに考えているような頷き方だった。
「事故の可能性もある。王族の事故なら報告が上がるはずだけど、隠蔽されたなら別の話だし——」
「それより、事件の方が可能性は高いわ」とヴェルザリア姉さんは静かに言った。
「行方不明事件の調査が進んでいたとすれば、犯人が先に動いた。そういうことでしょう」
言い方が平静すぎた。答えを確かめているというより、すでに確かめ終えたような言い方だった。
僕は少し間を置いた。
「俺が渡した資料が、きっかけになったのかもしれない」
「その可能性はあるわ。でも、それを言いたかったの?」
「言いたかったわけじゃない。ただ——」
「ヴァルトが自分で選んで調査を続けていた。あなたが渡した資料がなくても、ヴァルトはどこかで同じ結論に至っていたわ。それは変わらない」
断言だった。責めてもいなければ、慰めてもいなかった。ただ、事実として言い切っていた。
僕は答えなかった。正しいとは思った。ただ、正しいことと、納得できることは、いつも同じではなかった。
「ヴァルトなら何か残しているかもしれない。執務室を見てみよう」
ヴェルザリア姉さんが頷いて、先に立ち上がった。
――――――
廊下を歩きながら、僕は足元を見た。ヴァルトがよく使う廊下だった。朝早くに出かける時も、深夜に戻る時も、ここを通っていた。今日はその足音がない。
扉を開けると、整然とした部屋があった。書類は分類されて重ねられ、帳簿は端に揃えてある。いつも通りだった。ヴァルトがいなくなってから一日も経っていないのに、部屋だけはいつも通りで、それがかえって奇妙だった。
丁寧に確認した。そして見つけた。八ヶ月前に僕がヴァルトに渡した報告書だった。
手に取ると、欄外に細かい文字が書き加えられていた。ヴァルトの字だった。
——魔法陣は人を人界へ送ることに特化している。行方不明者は一人も見つかっていない。見つからないのではなく、送られたと考えるのが自然。
——人界に人を送る理由は何か。調査?支配?資源?だが魔界に戻す方法がないなら意味をなさない。送ること自体が目的。
——送らないといけない理由は。犯罪者への流刑?魔石の費用に見合わない。王位争いのための人の排除だ。直接危害を加えた場合と行方不明にした場合では、その後の対応がまるで違う。
——行方不明者の中には王位争いとは無関係な者もいた。これは魔法陣の実験に使われた。
——行方不明者が出る頻度が落ちた理由は。警戒か。それなら大事にならないよう最初から制御する——行方不明者の分布も合わせて考えた方が良いか?——初期には王位争いに無関係な者が多い。中期になると無関係な者がほぼいなくなり王位争いに関係する者が増えている。最後に後期は再び無関係な者が混ざっている。これらから考えると初期は数をこなし転送の魔法陣を安定させる段階、中期は転送の魔法陣の精度を上げ完成を目指す段階、後期は転送の魔法陣の改良か別に機能の付与を行う段階。
——次の段階の標的は?
読み終えても、僕は紙を持ったまま動かなかった。
ヴァルトは知っていた。行方不明者が実験に使われたことを。すでに魔法陣は完成して改良や機能の付与をしていることを。そして次の段階の標的が、誰になるかを——おそらく、その答えを書きかけて止まった一文が、欄外の最後に残っていた。「次の段階の標的」の下に引かれた細い線と、その先の空白だった。
空白を見て、僕は初めて、背中が冷えた。
ヴェルザリア姉さんに報告書を見せた。
ヴェルザリア姉さんは一度だけ読んだ。それから顔を上げ、まっすぐ僕を見た。
「魔法は得意よね」
「知識だけだよ」
「十分よ」
ヴェルザリア姉さんはすぐに歩き出した。一秒も惜しむかのように。僕はその後をついていった。急いで廊下を歩くと、息苦しくなったが、構わなかった。
僕の胸の中には焦りに似た感触があった。ヴァルトが飛ばされた可能性がある。送り先は人界だ。帰還の術式は組み込まれていないと報告書にある。であれば——
隣を見ると、ヴェルザリア姉さんの顔に不敵な笑みがあった。焦りとは違う何かが、その目の中にあった。
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