第15話 邂逅 ー解析と予感ー
(ヴァルト視点)
魔法陣を見つけてから、四ヶ月が経っていた。
行方不明事件は止まなかった。不正を働いた役人だけが消えるわけではなかった。何の関係もない者が消えることもあった。俺は可能な限り現場に向かい、遺留品を探し、聞き込みをし、記録を積み上げた。しかしラグナスとの直接の繋がりを示すものは、なかなか出てこなかった。
状況証拠なら集まっていた。だが、それだけでは動けない。そういう日々が続いていたある日、ガルディス兄上から呼ばれた。
ガルディス兄上の部屋は西棟の端にある。扉を叩くと「入って」という声がした。窓には薄い布が引かれていて、燭台が一本だけ灯っていた。部屋は昼でも薄暗い。湿った石の匂いは以前より薄くなっていた気がした。ガルディス兄上はベッドに半ば腰かけていたが、顔色は以前より良かった。年月が経つにつれ、少しずつ体が丈夫になっているらしかった。食卓に顔を出せなくなる日が減った。
「待たせてごめん。最初に謝っておきたかった。時間がかかってしまったから」ガルディス兄上が謝った。
「問題ありません」
机の上には書類の束があった。ガルディス兄上はそれを一枚一枚めくりながら説明を始めた。
あの魔法陣の解析結果だった。
転送魔法——送り先は人界。物も送れるだろうが、おそらく人を送ることに特化した設計になっている。そして帰還の仕組みは組み込まれていなかった。完全な一方通行だ。発動には大量の魔石が必要になるという。
「見つけた魔法陣は完全じゃなかった。欠けた部分が多かったから断言はできないけど——発動が不安定だったと思う。送った対象に何らかの異常が出た可能性が高い。安定させるために実験を繰り返していたんじゃないかな」
「実験の頻度が、ここ最近落ちていることもそれで説明がつきます」
「そう思う。精度が上がって次の段階に進んだ、ということかもしれない」
ガルディス兄上の声は穏やかだった。丁寧に情報を整理しながら話していた。自分の身体の不安定さをそのまま生き方に織り込んでいるような、そういう落ち着きがあった。
俺は資料を受け取った。礼を言い、部屋を出た。
廊下は静かだった。石の壁が昼でも冷えている。燭台の炎が通気のせいで小さく揺れた。
――――――
自室に戻り、机に資料を広げた。一枚一枚、もう一度読んだ。
まず目に入ったのは設計の仕様だった。帰還術式がない。転送の術式をどう逆算しても、戻ってくる仕組みが一切組み込まれていない。ガルディス兄上は「送ることに特化」と表現していたが、俺にはもう少し正確な言い方があった——送った側が、結果を確認できない設計だ。
調査のために送るなら報告が必要になる。支配のために送るなら指示が必要になる。どちらも、帰還か通信の仕組みなしには意味をなさない。
では何のために送るのか。
帰ってこなくていい。送ること自体が目的だ。つまり——消す。
そこまで来て、俺は別のページを開いた。失踪者の一覧だった。名前と身分と、おおよその失踪日時が並んでいる。役人の名前が多い。越権、横領、不正——いずれも王位争いに絡む案件に関わった者たちだった。
直接危害を加えれば確実だが、首謀者が疑われる。行方不明なら事故にも見える。政治的な排除としては理に適っている。
ただ、一覧の端に目が留まった。
商人の息子。農村の者。不正にも権力争いにも縁がない名前が、いくつか混じっていた。ただし日付を確認すると、分布が均一ではなかった。無関係な者が集中しているのは初期と後期で、中期には少ない。
俺は失踪の間隔を数えた。最初は短い。次第に長くなり、最近は——また少し増えているが、数そのものは全体的に激減している。
初期——間隔が短く、無関係な者が多い。術式そのものが不安定で、数をこなして安定させる段階だったのだろう。
中期——無関係な者が減り、権力争いに絡む名前が並ぶ。精度が上がり、目的の対象に近い存在や実験に都合のいい人物を選ぶ余裕が出た段階と考えられる。
後期——また無関係な者が混じるが、頻度は低い。術式自体はすでに完成していて、別の何かを検証している。術式の改良か。あるいは別の機能の付与か。
後期の記録をもう一度見た。頻度は落ちているが止まってはいない。完成した術式に何かを上乗せしようとしている——それが何かはまだわからなかった。
次の段階の標的は、最終的な目的に合った者になる。
俺はペンを取り、資料の欄外に書き込んだ。論理の流れを順番に並べた。書き終えて、ペンを置いた。
手が止まった。
欄外に並んだ文字を眺めた。最後の一行——「次の段階の標的」の下に、無意識に細い線を引いていた。その先は空白だった。書こうとして、止まっていた。
答えは出ている。次の標的が誰かは、おそらくわかっている。ただ、書かなかった。
線の先の空白を、しばらく見ていた。
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