第143話 選んだ仕事
(リュート視点)
次の日から数日は、街を見て回ることにした。何度か歩いたことのある道ではあったが、目的もなくゆっくり回ったことはなかった。
行ったことのない区画にも足を伸ばした。木造りの店が並ぶ通りは、鍛冶屋の金槌の音と、薬草を刻む乾いた匂いが入り混じっていた。雑貨屋、薬屋、武器屋。木々の合間に建物が溶け込むように並ぶ森国の街並みは、何度見ても人族の街とは違う静けさがあった。
武器屋を覗いた時、店主の姿が目に留まった。丸太のような太い腕をした、恰幅のいい男だった。エルフでもなければ、人間の体格とも違った。エルフの国であるはずのこの森国で、エルフ以外の者が当たり前のように店を構えている——そのことに、驚いた。
店を回っていても、どこか物足りなさが拭えなかった。武器屋も、他の店も、悪いところがあるわけではない。品揃えも品質も申し分ない。足りないのは店ではなく、自分の中の何かだと思った。
市場では、見慣れない果実を勧められた。半信半疑で齧ると、酸味の奥に蜜のような甘さが広がった。得意げに笑う店主のエルフへ、思わず「うまい」と返した。ただそれだけのやり取りに、肩の力が抜けた気がした。
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二日後、エノラから連絡があった。今日の午後、ロナン様に面会できるという。
エノラが直接来るかと思っていたが、来なかった。前に訪ねた時も忙しそうにしていた。今までが、たまたま時間が空いていただけなのだろうと考えることにした。
案内に連れられ、ロナン様の執務室に通されたのは俺とアリシア、スーリィの三人だった。ユリウスはやることがあるからと辞退した。
扉を開けると、紙とインクの匂いが鼻をついた。机の両端には書類が幾重にも重なり、今にも崩れそうだが、バランスが取れているようだった。その間からロナン様が顔をこちらに向けた。視線が少しだけ厳しかった。
「来たか。エノラから聞いている。やることがなくて困っているらしいな」
「そうは言ってないんですけど、まぁ正直そんなところです」
「私は困ってないよ」
スーリィが即座に口を挟んだ。表情には迷いがなかった。だが、それを聞いたアリシアがすかさず口を開いた。
「ランベルトさんと約束したでしょ」
スーリィの表情が一瞬で強張った。
「すみません。続けてください」
「まったく、お前たちは。まぁいい。これを持っていけ」
差し出された紙の束を受け取った。ずしりと重かった。
「これは何でしょうか?」
「人手不足を訴えてきた店、施設、部署が提出した募集要項だ。その中から、気になったものを選ぶといい。あくまでも短期の仕事だから安心しろ」
そう言うとロナン様は書類に目を落とした。俺も持っていた紙の束に目を落とし、それからアリシアとスーリィを見た。
「ありがとうございます」
「ああ。気になったものがあれば、募集要項に書かれている連絡先を尋ねればいい」
書類から目を離さないまま、そう言った。積まれた書類の山を見て、これ以上時間を取らせるのも気が引けた。
「はい。失礼します」
執務室を後にした。廊下に出ると、詰めていた息を吐き出せた気がした。
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談話室に入ると、三人で紙の束をテーブルに広げた。紙の擦れる音が、静かな部屋にやけに響いた。一般の店から王宮の部署まで、様々な仕事が書かれていた。読んでいると、ユリウスが談話室に入ってきた。
「その書類の山はなんだ?」
「前にエノラに話に行くって言ったろ?それがロナン様に伝わって、この仕事の募集要項の山になったわけだ。ユリウスも見るか?」
「そうだな。見せてもらおう」
「やることはもういいのか?」
「やることじゃなくて考えることだ。大体整理がついた。問題ない」
「そうか。じゃあ見てみてくれ」
それぞれが思い思いに募集要項に目を通していった。紙をめくる音だけがしばらく続いた。窓から差す光がわずかに角度を変え、テーブルの端に伸びていた影が少しだけ長くなった。
「だいたい見終わったかな。皆、何か気になったものはあったか?」
「私はこれかな。治療院の仕事。やっぱり私はこう言うものの方が向いていると思うし、精霊術の純度の違いが治療術にどう影響するか確認もしておきたいし」
「らしいといえばらしいな。似合ってる」
「私はこの星読みっていうやつ」
スーリィが指差した紙を覗き込んだ。
「星読みか。難しそうだけど大丈夫か?それに星ってことは夜だろ?」
「お手伝いって書いてあるし、教えてもくれるみたいだし。それに夜でも大丈夫」
「そうか。興味があるなら、やってみてもいいかもな」
「うん」
「ユリウスはどうだ?」
「僕はこれだ。エルヴィア周辺の警備、害獣討伐。一番総合的に精霊術を試せそうだ」
総合的。それがユリウスなりに出した結論なのだろう。
「それは俺も気になった。ブランドルフでも同じようなことをしていたしな」
「じゃあ二人で受けるの?」
「いや、俺は別のを受けるよ。どうせならやったことがないものを試したい」
「それは助かる。お前がいたら僕が試せる機会が減るからな」
「じゃあお兄ちゃんは何をするの?」
「この遺跡の発掘調査って言うのにも惹かれたんだが、時間的に難しい気がするから今回はなし。で、俺はこれ、陶芸工房の補助」
「……何ていうか」
アリシアが言葉を探すように間を置いた。
「地味だな」
ユリウスが遠慮なく続けた。
「失礼だぞ、陶芸家に謝れ。それに陶芸は六属性全部が関係する。土と水は言わなくてもわかるだろ。火だって窯で焼くし、その前の乾燥では風と光と闇が関係するはずだ。実際には精霊術を使っているんだろうけど、精霊術を使わなくてもできる内容だ。精霊が介在しなくていい、霊素の直接制御にも繋がるんだ」
「いや、陶芸じゃなくてもあるだろ」
「いや、陶芸でしかあり得ない!」
「リュートはただ陶芸してみたいだけでしょ。募集の内容は陶芸作品の製造じゃなくて工房の補助よ」
「空き時間には作っていいって書いてある」
「やりたいことやればいいんじゃないの?」
スーリィが言うと、アリシアが小さく笑った。
「リュート、これを見越してスーリィの星読みに賛成したわね」
「そんなことはない」
「はぁ、まぁいいんじゃない。スーリィの言う通りやりたいなら」
「じゃあこれで全員、仕事を決めたということで、明日それぞれで連絡先に書いてあるところに行ってこよう。ダメだったらまた考えるってことで」
「そうね。行ったら必ず働かせてくれるとは限らないものね」
「スーリィとユリウスもそれでいいか?」
「うん」「ああ」
紙の束をそれぞれ重ね直しながら、四人で席を立った。窓の外はもう夕暮れの色に変わっていた。
「それじゃ、また明日」
ユリウスが軽く手を上げて先に部屋を出て行った。その背中を見送りながら、スーリィが小さく欠伸をした。




