第141話 見つけ出すために
(ランベルト視点)
出発前日の夕方、挨拶のためゴルム殿の工房を訪ねた。扉を開け、中に入った。
「よう、久しぶりだな。今日はえらく遅いじゃねぇか」
「すみません。少しバタバタしていまして」
「で、どうした?」
「はい。明日森国を出ることになりまして、その挨拶に来ました」
「なんかあったのか?」
「いえ、父と母の安否と所在を確認するために正教国に行くだけですよ」
「行くだけって言うがな、そりゃ敵の本拠地みたいなもんだろうが」
ティルナ殿が呆れたように言った。
「戦いじゃなくて、確認しに行くだけですよ」
ゴルム殿は、俺をしばらく見ていた。
「時間ねぇんだろ。来い」
そう言うと、前回と同じように物置き場の方に向かった。
物置き場に着くと、ゴルム殿はまた剣を横に構えた。
「打ち込んでこい」
ゴルム殿はじっと俺の方を見続けていた。今回は自分の剣を構えている。剣の刃を一瞬だけ見た。目を閉じて、大きく息を吐き、集中した。
「行きます」
走り出し、剣に向かって振り下ろした。剣と剣がぶつかり、キン、と甲高い音が小さく響いた。
だが、結果は前回とは違った。ゴルム殿が持っていた剣は折れていた。そして、俺の剣にもヒビが入っていた。
工房で見た、傷一つなかった刃を思い出した。
「上等だ」
「でも、剣が折れて」
「構わねぇ。そのための剣だ。それより、お前のその剣もおダメだな」
明日出発だが、どうするか。そう思っていると、ゴルム殿が言った。
「工房に戻るぞ」
「はい」
工房の中に戻ると、ゴルム殿は「少し待ってろ」と言って奥に行ってしまった。
戻ってくると、剣を渡された。
「これを持っていけ。量産品には違いねぇが、俺が打った物だ。そこらの剣とは訳が違う。手にも馴染むはずだぞ」
「いいんですか?」
剣を受け取る手が、一瞬止まった。差し出された柄の感触が、思ったより固く、そして温かかった。
「ヒビの入った剣を持っていくわけにもいかねぇだろ。ただし、やるわけじゃねぇ。ちゃんと返しに来いよ」
「ありがとうございます」
「ああ。あと、そのヒビの入った剣は置いていけ。再利用するからよ」
ヒビの入った剣を見た。柄には、これまでで刻まれた自分の手の跡が残っていた。ずっと使ってきた剣だった。それでも仕方がない。ゴルム殿ならいいように使ってくれるだろう。
「わかりました。お願いします」
ゴルム殿に剣を渡した。
「元気でな」
「はい。ティルナ殿もお元気で」
「行ってこい」
背中を叩かれた。心地よい痛みだった。
「はい。行ってきます」
新しい剣を手に、工房を後にした。扉の向こうから、槌を打つ音が聞こえてきた。
——————
(ランベルト視点)
翌朝、支度を終えて王宮前に向かうと、先に来ていたロアリック殿が声をかけてきた。
「よく眠れたか?」
「ええ、おかげさまで」
腰に提げた剣の柄に、自然と手が触れた。まだ馴染んでいく途中の重みだったが、それすらも、これから向かう先を実感させてくれるようだった。
王宮前には他の皆も見送りに来てくれていた。
「気をつけて行ってくださいね」
「ありがとうございます、アリシア様。アリシア様も修行の方、無理をなされないでください」
「それはどうかしらね。修行をつけてくれているのがコランタンさんですからね」
「難しそうですね」
苦笑しながら、ユリウス殿の方を見た。
「大事な時に役に立てず申し訳なかった」
「いえ、ユリウス殿のおかげで、リュートは今こうしてここにいられているのです。感謝しかありませんよ」
「そう言ってもらえると助かる。二人が見つかることをここから祈っている」
「ありがとうございます」
「二人から預かった手紙はどこか問題なさそうな街で出しておきます」
「よろしくお願いします」
リュートとスーリィの方を向いた。
「見送る側って、こういう気分だったんだね」
「少しは俺たちの気持ちがわかったか?」
笑いながら言った。
「わかった気がする。寂しいものだね」
「そう長くはかからないさ」
「どのくらい?」
スーリィが腕の裾を掴んで聞いてきた。声の端に、いつもより幼さが滲んでいた。何と答えるか、一瞬迷った。
「王国内でも情報を確認しながらになるだろうからな。正教国にもそれなりにいるだろうし、一年くらいじゃないかな」
「一年……」
「一年後はスーリィが十五歳になる年か。帰ってきたら成人を祝わないとだな。それまでにアリシア様を見習って立派な女性になっておくんだぞ」
「うん。立派な女性になっておくね」
「そうだ」
スーリィの頭を撫でた。
「リュート、スーリィを頼むぞ」
「うん、任せといて」
「後、俺が帰ってきたら、今、お前が目標にしている剣を見せてくれよ」
「楽しみにしてて。きっと驚くと思うから」
リュートとスーリィの肩に手を置いた。
「必ず父さんと母さんを見つけてくる。その後は、皆で迎えに行こう」
「うん」
二人が、揃って頷いた。
用意された馬車の方を向いた。ロアリック殿が声をかけてきた。
「もう良いのか?」
「ええ、今生の別れではありませんから」
「そうだな。おそらく、国境を出ると、リュートを捜索している教会の者がいるだろうが、堂々としていれば問題ないだろう」
ロナン様がそう言うと、ソレーヌ陛下がロアリック殿の方に視線を向けた。
「同行するロアリックたちはエルフの中でも優秀だ。安心して頼ると良い」
「お任せください。しかと役目を果たして参ります」
「頼むぞ」
「はっ。それでは出発しよう」
ロアリック殿がそう言うと、少し離れた場所に控えていた二人のエルフが、静かに馬車の元へと歩き出した。
「はい。これまでありがとうございました。無事、戻ってきます」
そう言うと、馬車に乗り込んだ。少しすると、馬車が動き始めた。
「兄さん」「ランベルトお兄ちゃん」
リュートとスーリィの声が聞こえた。笑顔で手を振った。二人も手を振り返してきた。車輪が土埃を巻き上げ、遠ざかる音に紛れていくまで、二人の姿は小さくなりながらも、そこにあり続けた。
やがて見えなくなると、剣に手をかけた。街道はまだ長く、先の景色は見えない。それでも、進む方向だけは、はっきりしていた。
「さぁ、行こうか」




