第137話 純度の理屈
(リュート視点)
修練場に着くと、コランタンさんがすでに中で待っていた。
そういえば、フェルウィン先生を連れてくるのを忘れていた。だが、今日はこれだけいれば十分だろうと切り替えた。
コランタンさんが俺たちに気づき、声をかけてきた。
「ようやく来たのぉ」
「すみません。少し用事が入りまして」
そう言いながら、エノラのほうへ目をやった。
「おぉ、エノラ様、お久しゅうございますじゃ」
「久しぶりね、コランタン」
「精霊術のほうはどうですかな?」
「コランタンに教えてもらってた頃より、ちゃんと上達してるわよ」
「それは素晴らしい」
コランタンさんがアリシアたちを見回した。
「リュートよ、この者たちは?」
「俺と同じ人間の精霊術師ですよ。皆もコランタンさんの修行に参加したいと言うので、連れてきました」
「そうか。お主はリセルから聞いておったからじゃが、他の者は儂が教えるほどの者かのぉ」
「精霊術をお見せすれば良いですか?」
ユリウスが一歩前に出て言った。
「そうじゃな。精霊術を見ずに判断するのは早計じゃな。どれ、三人まとめて見せてみよ。基本的な精霊術で良いぞ」
ユリウス、アリシア、スーリィが顔を見合わせ、頷き合った。ユリウスの手のひらに赤い炎が渦を巻いて灯り、アリシアの指先からは淡い光の粒が糸を引くように広がった。スーリィの周りには水の玉が浮かび、光を受けて表面が揺れていた。
コランタンさんはその様子をなんとなく眺めているように見えた。何かに注目しているのかはわからない。全体を漠然と見ているような印象だった。
「なるほどのぉ。よかろう。三人にも教えるとしようかのぉ」
「みんな凄いね。精霊が楽しそうだったよ」
「では始めていくかの」
そろそろ変わるだろうか。皆がどう反応するか、少し楽しみだった。
「その前に、名前はなんと言うのじゃ?」
皆が、あ、という表情を見せた。
「アリシア・ブランデルです」
「ユリウス・フォン・バルネルトと申します」
「スーリィ・アーデンだよ」
「アリシア、ユリウス、スーリィじゃな。エノラ様も参加されますかな?」
「私は邪魔しないように見学してるわ」
「左様ですか……まぁ、よしとしますじゃ」
コランタンさんが少し歩き、こちらへ向き直った。
「まずは説明から始めるぞぃ。聞いておるかもしれんが、今、リュートがしているのは純度の制御じゃ」
ユリウスが手を挙げた。
「あの、純度制御を修業しているとは聞いていますが、純度の制御とはどういうことでしょうか?王国の精霊術学院では習っておらず」
「そうじゃろうな。習っておらんのも当然じゃ。エルフは常に高純度で精霊術を使う。人間は低純度じゃな。エルフも人間も純度自体の制御はしておらん」
エルフは純度を制御しているものだと思っていた。それを誰もしていない、という前提から話が始まるとは思わなかった。
「それではどうすれば良いのでしょうか?」
「その前に、精霊術とはどのようにして発現しているかはわかっておるか?」
ユリウスが詰まった。精霊術学院で習うやり方と、今自分が使っている精霊術の発現方法は違う。それを言葉にすることに戸惑っているようだった。
「精霊にお願いするだけじゃないの?」
スーリィが答えた。
「ほっほっほっ。そうじゃな。では、お願いされた精霊はどうやって術を発現させておるかは知ってるか?」
「知らない」
「あっ、もう、スーリィったら。えっと……精霊が周囲の霊素を術に変換している、でしょうか?」
「おおよそ合っておる。精霊は霊素を媒体にして、術者の体を通して術を発現させるのじゃ。ここで大事なのは、霊素を媒体にしているということじゃ」
「そして、このことは最近知り合いのエルフが解明したのじゃが、霊素はいくつかの成分に分かれるのじゃ。霊素共通成分、属性成分、まだ未解明の成分に分かれとるらしい」
「それは聞いても大丈夫なのでしょうか?」
「すでに発表しているから教えてくれたのじゃよ」
「そうなの?コランタン。そんな話聞いたことないよ」
「学院でも聞いたことがありません」
「そりゃそうじゃ。ヴェリタス学術共和国で、じゃからな。あやつはそこの学術大学で研究しておるのじゃよ」
日はいつの間にか高くなり、修練場に落ちる影が短くなっていた。一つ頷けたと思ったら、また新しい単語が積まれる。理解が追いついたそばから、次の話が来る。
「話がずれたのぉ。一般に言われる霊素に属性があるのはこの属性成分、属性核によるのじゃが、精霊術は属性核の他に共通成分、霊核も使われるのじゃ」
「もしかして、エルフの精霊術は属性核を使用する割合が高くて、人間の精霊術は霊核の割合が高いということですか?」
「察しが良いのぉ、リュートよ。そういうことじゃ」
言われてみれば、腑に落ちるところがあった。今まで無意識にやってきたことに、名前がついた気がした。
「よくわかんない」
「ほっほっほっ、これは難しいからのぉ」
「それで、属性核を使うようにしたらいい、いや、霊核と属性核の割合を自由に使えるようになればいい、ということだと思いますが、どうすればいいかまでわかっているのでしょうか?」
「それはまだじゃ。手探りで見つけるしかあるまいな。まぁリセルは知っておるじゃろうがのぉ」
「フェルウィン先生が、ですか?」
「そうじゃ。森国の外で精霊術を使ったのじゃろ?あれは純度を下げた、ということじゃ」
やっぱり連れてくればよかった。連れてきていれば聞けたのに。あとで聞けばいいか。
コランタンさんがふぅと息を吐き、腰を叩いた。
「講義はこのくらいで良いじゃろ。次は実技じゃな。それぞれ考えてやってみるのじゃ」
話すだけ話して、丸投げされた。
どうするか。霊核と属性核があることをイメージに組み込むか、何か別のことを考えるか。
周りを見ると、三人が思い思いに動き出していた。
アリシアとスーリィはエノラと話をしている。エルフの精霊術のことを聞いているのか、さっきの話をスーリィにわかりやすく教えているのか。
ユリウスは何度か精霊術を発現させ、何かを変えながらその違いを確かめているようだった。
考えていても仕方がない。昨日とは違う知識が増えている。何か変わるかもしれない。




