第136話 見て学ぶもの
(ランベルト視点)
訓練を終えた後、ゴルム殿の工房へ向かった。額の汗が風に冷やされ、心地よかった。
扉を開けると、熱気が真っ先に顔を打った。助手のティルナ殿がこちらを見た。
「また来たのか?」
「ええ、お邪魔しますね」
「邪魔しに来たなら帰んな」
「ただの挨拶ですよ」
「知ってるよ」
工房の中は炭と金属の匂いが濃く、炉の熱がじりじりと肌に届いた。棚には鍛冶の道具や素材、店頭には出していない武具が所狭しと並んでいた。
奥では、炉に向かい、砧台で剣を叩くゴルム殿の姿があった。槌が振り下ろされるたびに火花が散り、澄んだ音が工房に響いた。しばらくその作業を眺めた。
「ふぅ、まぁこんなもんか」
ゴルム殿が剣を掲げ、自分の打ったものを評した。俺の目には十分な出来に見えたが、ゴルム殿にとってはこんなもん程度のもののようだった。
腰を叩きながら立ち上がったゴルム殿が、こちらに気づいた。
「なんだ、また来たのか。剣は打ってやらんぞ」
「わかってますよ。最初に来た時に断られてますから。手伝いに来ただけです。それに――」
棚に並ぶ武具に目をやった。
「俺は剣を扱う者として、武具の良し悪しを見れるようになりたいので。ただ、ここには悪しの部分がないのが困りますが」
「わかってるじゃねぇか。俺が作るのに悪いものなんかねぇからな。まぁ好きにしな」
「ちょっと、親方。いいんですか?」
「どうせ、帰りゃしねぇよ」
ティルナ殿が何か言っていたが、許可は出た。勝手に始めることにした。
とはいえ、武具を作るわけではない。製造の手伝いはティルナ殿の仕事だ。俺ができるのは掃除と整理程度だった。整理といっても、道具そのものには触れない。使いやすいように調整されているはずのものを、下手に触って狂わせたくはなかった。
「あ、お前勝手に」
「大丈夫だ。いいから続きやるぞ」
「はい」
しばらくすると、小気味よく金属を叩く音が響き始めた。一定の間隔で刻まれるその音は、どこか呼吸のリズムに似ていた。
その音を聞きながら、抜き身のまま無造作に箱へ入れられている剣に手をかけ、刀身を見た。ブランドルフの鍛冶屋ではまず見られない、グランヴァルクの武器屋でも良品として扱われそうな出来だった。それが、こうして雑に箱の中にあった。何かが気に入らなかったのだろうが、俺にはまだその理由まではわからなかった。
剣を戻し、ゴルム殿のほうを見た。金属の状態を見ながら、最良の一点に槌を振り下ろすことに集中していた。ティルナ殿はその様子を食い入るように見つめ、次に何を、どのタイミングで用意するかを考えているようだった。
その様子を見ているだけで、剣を持つ時の気持ちが変わる気がした。それはきっと、大切なことだった。
そんなことを考えながら、自分の作業を続けた。
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(リュート視点)
昼食を終えると、アリシアに連れられ、四人で王宮の中庭へ向かった。そこでエノラ様と待ち合わせているという。日差しが強く、噴水の水音が石畳に反響していた。
しばらく待っていると、エノラ様が一人でやってきた。歩くたびに衣の裾が軽い音を立てていた。
「お待たせ」
「大丈夫よ、エノラ」
「おい、アリシア。王女様を呼び捨てはまずいだろ」
「構わないわよ。昨日、私からそう呼ぶようにお願いしたんだから。堅苦しいのは嫌いなの。だから呼び捨てでいいし、敬語も不要よ」
謁見の間で最初に見た時とは印象が違った。そういうことなら、と納得した。王女がそれでいいのか、という思いはなくもないが、それでいいなら俺としても楽でいい。
「そうか。わかった」
「あ、でも、パパの前では気をつけて。めんどくさいから」
「確か宰相のロナン様だっけ?」
「そう。堅物で困っちゃう」
「宰相なんだからしょうがないんじゃ……」
「パパの話は終わり。それより、あなたたちのことを教えて。あなたたちの精霊術のこととか、森国の外のこととか、興味があるの」
パンと手を叩いて話題を変えてきた。
「その精霊術だけど、昨日からコランタンさんに純度制御の修行をつけてもらってて、アリシアたちも誘ったんだ。そこで嫌ってほど見れるけど、どうかな?」
その名前を口にした瞬間、エノラの目の動きがわずかに止まった。一拍遅れて、視線がこちらに戻った。その間を見逃さず、視線でアリシアたちのほうを示し、片側の口角を上げた。コランタンさんの豹変ぶりを、事前情報なしで見せてやりたい。そういう思惑を、言葉にせず目だけで伝えようとした。皆に分散させれば、扱きも多少は薄まるだろう、という目論見もあった。
「導師に修行をつけてもらっているなんて凄いわね。王族以外だと、気に入った人にしか教えないのよ」
「導師?」
「コランタンはだいぶ前に導師っていう称号が与えられたの」
伝わったかもしれない。さすが王族と言うべきか、人を見る目がある。ただのいたずら好きという可能性もあるが、余計なことを言わないでくれたのは助かった。
「その導師を待たせてるのはまずいんじゃないか?」
「優しい人だから大丈夫よ……」
後ろに「普段は」という注釈が付きそうな言い方だった。
「じゃあ修練場に向かいながらでも、王国やブランドルフの話でもしようか」
「そうしましょ」
エノラがそう言って歩き出した。俺たちはそれに続いた。




