第135話 剣で示すもの
(ランベルト視点)
朝の空気はまだ冷たく、土を踏むたびに靴底から冷えが伝わってきた。翌朝も、また衛兵の訓練に参加させてもらっていた。
森国の衛兵は精霊術を使える。だが、精霊術だけでは近接戦で不利になる場面がある、という理由で、剣や槍を使った訓練の時間が別に設けられていた。素振りから始まり、型、防御、模擬戦と続く流れは、父さんとの稽古とよく似ていた。
集団での隊列訓練だけは加わらなかった。ただ交ぜてもらっているだけの俺が加わっては、邪魔になる。統率を乱したくはなかった。
型は、父さんの稽古とは違うものだった。父さんの型には決まった形はあっても、完全に固定されることはなかった。型を基本にしながら、そこからどう崩れるかまで含めて動けるようにする。だからこそ父さんは「型」ではなく「打ち込み」と呼んでいたのだろう。
衛兵の型は、完成された動きをただ正確になぞるものだった。最初はゆっくりと、精度を突き詰めるように繰り返される。個を消し、集団として最も効率のいい動きに揃えることを目的にしているのが見て取れた。
模擬戦も違った。父さんとは常に一対一だったが、ここでは一対多、多対多の組み合わせもある。集団戦の感覚は、俺にとって新しい学びだった。
父さんの稽古が個の強さを求めるものなら、衛兵の訓練は集団としての強さを求めるものだ。目的が違えば、鍛え方も違う。それだけのことだった。
模擬戦の最中、訓練場の空気がわずかに張り詰めた。視線が一斉に入り口へ向いた。ロアリック殿が姿を見せていた。
騎士であるため、普段は衛兵の訓練には加わらないが、自分の鍛錬のために、時折こうして衛兵と手合わせをしに来るらしい。
「誰か、私と模擬戦をしてくれないか。私に勝てば、騎士への取り立てを進言するぞ」
声を張るロアリック殿を横目に、隣にいた衛兵に小声で聞いた。
「彼は強いのか?」
「ああ、騎士だからな。武器と精霊術、両方の腕が優れていないと騎士にはなれない」
「そうか……彼との模擬戦は、精霊術ありなのか?」
「そうだ。一対一だが実践形式で、基本的には何でもありだ」
話しているうちに、最初に挑んだ衛兵があっさりと地に膝をついていた。乾いた音を立てて剣が転がった。
「次」
その声を聞き、前に出た。
「おい、やめとけ。お前、精霊術を使えないんだろ?」
心配する声には応えず、ロアリック殿の前に立った。
「人間、何の用だ」
「一本、お相手をお願いします」
「精霊術も使えない人間とでは訓練にならん。どけ」
「人間は精霊術を使えない者の方が多いですよ。それとも——人間に負けるのが怖いだけですか?」
「安い挑発だな。だが、いいだろう。乗ってやる。構えろ」
少し距離を取った。その間に、父さんとの稽古の記憶が蘇った。自分より強い相手に挑む恐怖は、幼い頃から何度も味わってきた。だが、それを越えなければ守りたいものは守れない。柄を握る手がいつもより硬く感じた。
ロアリック殿の顔を見た。時間を与えれば精霊術が飛んでくる。それはロアリック殿自身も狙ってくるはずだ。だから、早く距離を詰めるしかない。
「お願いします」
「来い」
剣を構えたまま走り出した。精霊術は放たれなかった。剣を振るったが、ロアリック殿の剣がそれを防いだ。金属がぶつかる甲高い音が響いた。切り返して再び振るうが、また防がれた。
一度距離を取り、勢いをつけて踏み込み、剣を振り下ろす。防がれる。
剣で押し合い、力が拮抗した。腕の震えを堪え、そのままロアリック殿の胴を蹴った。
予想していなかったのか、ロアリック殿の体が大きく横へ飛んだ。
土埃にまみれたロアリック殿が顔を上げた。目に怒りの色が見えた。
精霊術が飛んできた。走って躱す。連続で放たれるそれを、ロアリック殿を中心に円を描くように躱し続けた。一瞬、精霊術が途切れた隙に、一気に距離を詰めた。
その瞬間、見えない何かに胸を突き上げられ、俺は息が詰まったまま吹き飛ばされた。
起き上がり、ロアリック殿を見た。口角が上がっていた。精霊術だということは想像できたが、俺の目には映らなかった。
警戒しながら距離を詰めると、また衝撃が体を襲った。今度は飛ばされはしなかったが、連続で見えない衝撃に晒され、また吹き飛ばされた。脇腹の奥に鈍い痛みが残り、背中には土の冷たさが染みわたった。
見えないのは厄介だ。昨日、リュートが言っていた純度というやつか。風属性の精霊術で純度を高めれば、見えなくなるということか。
六、七歩くらいの距離までは、何もしてこなかった。そして、蹴りには反応できていなかった。
立ち上がり、膝に力を入れ直した。
「降参するか?」
「まさか。行くぞ!」
まっすぐロアリック殿に向かって走った。当たりをつけた距離まで来たところで、剣を投げた。
驚きがロアリック殿の顔をよぎった。その隙を突いて走り続けた。
ロアリック殿が迫る剣を弾いた。その一瞬に、剣を持つ腕を払い、押し倒した。馬乗りになり、拳を顔面へ突き出す。拳はロアリック殿の顔の少し手前で止めた。
「俺の勝ち、ですね」
肩で息をしながら、馬乗りの姿勢から立ち上がり、手を差し出した。
ロアリック殿はしばらく差し出された手を見ていたが、やがて息を吐き、その手を握った。
「そうだな。俺の負けだ」
引き起こした。
「どうする?本当に騎士になるか?」
「ありがたいお話ですが、断らせていただきます」
「そうか。そうだろうな」
ロアリック殿の声から硬さが抜けていくのがわかった。
「いい訓練になった。また頼む」
「こちらこそ、またお願いします」
握ったままだった手に、互いに力を込めた。




