第134話 巻き込む夜
(リュート視点)
その日の夕食を、俺、アリシア、ユリウス、兄さん、スーリィの五人で囲んでいた。テーブルに並んだ料理から立つ湯気を眺めながら、今日一日の疲労が体の芯に残っているのを感じた。窓の外はすでに暗く、灯りに集まる小さな虫の羽音だけが、時折会話の合間に聞こえた。
「リュート、今日どこ行ってたの?」
アリシアが聞いてきた。
「ああ、フェルウィン先生の師匠のコランタンさんという人に修行をつけてもらってたんだけど、何かあったのか?」
「そう。せっかく王女のエノラ様と話せる機会だったのに」
「王女様が?どうして?」
「私たちと話してみたかったんだって。明日も来るみたいよ」
「明日もコランタンさんと修行なんだが……王女様も連れて行けばいいか」
「ちょっと、そういうわけにはいかないでしょ」
アリシアが呆れたように言った。だが俺には、それなりの狙いがあった。
「コランタンさんはフェルウィン先生の師匠なわけだし、王族も知っているだろ。それにエルフでも最上位の精霊術師だそうだから、皆も教えて貰えばいいと思ってたんだ。ちょっと厳しいが、精霊術は上達すると思う」
これにユリウスが食いついた。
「エルフで最上位の精霊術師だと?その修行とやらは何をするんだ?」
「今は精霊術の純度の制御だな。コランタンさんの精霊術を見せてもらえたが、すごかったぞ。あんなこと今の俺たちじゃできないだろうな」
俺は一拍おいて、ユリウスの顔を見た。
「なんだと?その修行に僕も参加できないか?」
声がいつもより大きくなった。目の色まで変わっていた。
「大丈夫じゃないか?教えてもらうことは同じだろうし。アリシアはどうする?興味ない?王女様と話してるか?」
「興味はあるよ。私だって上達したいし」
「じゃあいいじゃないか。まぁ明日、王女様がきた時にでもどうするか聞けばいいだろ」
これでアリシアも巻き込める。あとはスーリィだった。目を向けると、声をかけられるのを待っているような顔をしていた。
「スーリィも行くか?修行は厳しいけど、どうする?」
「うーん、厳しいのは嫌だけど、私も行く」
「よし。じゃあ皆で行こうな」
「うん」
意外なほど簡単に、皆を巻き込むことができた。多少の引け目はあったが、これも皆のためになると思うことにした。
「俺は邪魔になるだけだから行かないけどな」
兄さんが言った。
「そっか。ごめん」
「いや、俺は俺でやることがあるからな。最近、衛兵の訓練に参加させてもらって勉強させてもらっているし、面白いところも見つけたんだ」
「訓練に?いつの間に。それに面白いところって?」
「武器屋兼鍛冶屋ってところだな。そこの店主がドワーフなんだよ」
「森国にドワーフがいるんですか?」
アリシアが驚いたように聞いた。
「俺も驚いたんですよ。でも、ドワーフと言えば、鍛冶で有名ですから、そのドワーフはゴルム殿というんですが、ゴルム殿が作った武具がすごくいいんですよ」
「ランベルトお兄ちゃん、村の鍛冶屋にもよく行ってたもんね」
「ああ、俺は精霊術は使えないからな。剣の腕も大事だが、武具も大切だからな。その武具が作られる鍛治の工房は興味深いんだ。それに目も養えるしな」
兄さんは工房について熱心に語り始めた。工房や武具の話をするのはいつものことだが、ユリウスは目を丸くして聞き入っていた。
その様子を眺めていると、横から声をかけられた。
「本日のお食事はいかがでしたでしょうか?」
カテリさんだった。
「いつも美味しくいただいています。ありがとうございます」
アリシアが答えた。
「左様でございますか。何か御用むきがございましたらお声をおかけください」
「あ、カテリさん、明日エノラ様がいらっしゃるとのことだったんですが、お聞きしていますか?」
「はい、伺っております」
「それで、リュートがコランタンさんとの修行があるとかで、エノラ様もお連れしても良いものでしょうか?」
「狂……コランタン様ですか……エノラ様と面識はございますので、その点は問題ございません。後はエノラ様のお心次第かと」
「きょう?……そうですね。明日エノラ様に聞いてきます。ありがとうございます」
普段感情を見せないカテリさんの声が、一瞬だけくぐもった。今、確かに何かを言いかけていた。狂、だとすれば、あれは有名な話なのだろう。それに、エノラ様のお心次第、と言うのも、きっとコランタンさんがエノラ様にもあの調子で指導したのだろう。
「いえ。それでは引き続きお食事をお楽しみください」
カテリさんは軽く一礼すると、それ以上は何も言わずに背を向けた。その足取りは、いつもよりわずかに速い気がした。
しばらくは翌日の話が続き、その夜はそのまま解散となった。明日もまた、あれだと思うと、疲れた体から小さなため息が漏れた。




