第132話 純度という壁
(リュート視点)
王宮へ戻る道は、行きよりも静かだった。土を踏む音と、遠くの梢が鳴る音だけが耳に残った。フェルウィン先生と並んで木立の間を歩きながら、俺はアストレオス様から言われたことを頭の中で何度も繰り返していた。
霊素と魔素を直接制御する。純度を高める。それができれば、あの剣は本来の姿になる。フェルウィン先生の師匠が、それを教えられる——アストレオス様はそう仰っていた。
フェルウィン先生の師匠。今まで一度も聞いたことのない存在だった。
「フェルウィン先生の師匠はどのような方なんですか?」
俺が尋ねると、フェルウィン先生は横目でこちらを見た。
「どこでそれを知ったの?」
「アストレオス様が教えてくれました。フェルウィン先生の師匠が純度の制御を教えられる、と」
「精霊王様が……でも、どうして?」
フェルウィン先生の声に、わずかな戸惑いが混じった。俺は経緯を順番に説明することにした。
「卒業試験の時に迷い魔を倒した剣を使えるようになりたいと話したら、精霊ではなく、霊素と魔素を直接制御した結果の剣だと言われました。純度が低い失敗作だとも。高純度の霊素と魔素を制御した剣が、本来の剣の形ということでした。ただ、森国には魔素がほとんどないそうなので、まずは霊素だけでも、純度高く操れるようになりたいと思っています」
「だから、純度の制御、というわけね」
フェルウィン先生の口元に、笑みが浮かんだ。困惑よりも興味が先に出たような顔だった。歩調が心なしか速くなり、俺との距離が半歩縮まった。
「そうです。森国には魔素はないから本来の剣の体得はできないけど、霊素の純度制御はできるので。だから、フェルウィン先生の師匠を紹介してもらえれば、と」
「師匠が霊素の純度を制御できるなんて聞いたことないけれど、わかったわ。伝えておくわ」
「ありがとうございます」
フェルウィン先生は少し先に視線を向け、独り言のように続けた。
「霊素を制御すること自体、普通はできないのよ。それに魔素は人族にとって悪影響しかないはずなのに、それを制御するなんて」
風が木々を抜け、葉擦れの音が二人の間を埋めた。しばらく足音だけが続いた。
「……どうしてでしょうね」
俺は曖昧に返した。転生の影響だろうとは薄々思ってはいる。だが確証はない。今それを口にするわけにもいかなかった。
フェルウィン先生はしばらく何も言わず、俺の方を見ていた。その目がわずかに輝いて見えた。
「全く面白いわね。いつか解明しないと」
「お手柔らかにお願いします」
その言い方に、少しだけ嫌な予感がした。研究対象にされる自分の姿が頭をよぎり、俺はさりげなくフェルウィン先生から一歩分だけ距離を取った。
王宮の明かりが、木々の隙間から見えてきた。あの明かりの下に戻れば、また日常が始まる。だが今日、確かに何かが変わった。両親のこと、剣のこと、これから広めていくべき精霊術のこと。まだ何一つ終わってはいない。それでも、一歩ずつ進むしかなかった。
——————
アストレオス様との対面から数日後、フェルウィン先生に連れられて、俺は街の外れにある区画へ向かった。歩いていくうちに、乾いた土の匂いと、あちこちから漏れ聞こえる詠唱にも似た低い声が混じり始めた。
木々の合間に、いくつもの小さな修練場が点在していた。精霊術を学ぶエルフたちが、それぞれの師のもとで練習を重ねている姿があちこちに見えた。石造りの区画もあれば、ただ木を組んだだけの簡素な場もあった。師の数だけ流儀があるということなのだろう。
その修練場の一つに入ると、一人の老人が立っていた。
好々爺然とした佇まいだった。穏やかな表情の奥に、何か測るような光があった。
「お久しぶりです。師匠」
フェルウィン先生が声をかけた。
「久しぶりじゃの、リセルや。師匠はもうよせと言うとるじゃろ」
「いえいえ、師匠は師匠ですよ」
「まったく……」
老人はため息をつくように呟いた後、フェルウィン先生に促されるまま俺の方へ視線を移した。
「それで、師匠。彼が先日修行をつけてもらいたいと伝えたリュート・アーデンです」
「リュート・アーデンです。お目にかかれて光栄です」
俺は頭を下げた。
「コランタン・ガウエルじゃ。リュートじゃな。よろしくのぉ」
「よろしくお願いします」
「師匠は普段は穏やかだけど、精霊術のことになると、人が変わるから、覚悟しておきなさい」
フェルウィン先生がそう付け加えた。
「そのようには見えませんが?」
「儂もいい歳じゃからな。そんなことは起こらんよ」
コランタンさんは目を細めて笑い、軽く頷いてみせた。だが、フェルウィン先生の顔は「そんなはずがない」と言っていた。豹変するタイプ、ということなのだろうか。今の穏やかな様子からは、まるで想像がつかなかった。
「それで、精霊術ではなく、霊素自体の純度を制御したいということじゃったか?」
「はい。その通りです」
「師匠は霊素の純度、というより、霊素自体を制御できるんですか?そのようなことは聞いたことがありませんが?」
フェルウィン先生が尋ねると、コランタンさんはあっさりと首を振った。
「できんよ。霊素の状態はわかるから、教えるくらいはできるじゃろ」
「えっ」
フェルウィン先生が驚いた顔をした。教えられるということと、実際にできるということとの間には大きな差があるのだろう。だが、コランタンさんは、その反応を気にする様子もなかった。




