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隔絶した世界に転生した親友と  作者: まーくん
青年期ーリュート編ー

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第131話 託されたもの

(リュート視点)


 後ろを振り返っても白一色だった。見えるのは、白の景色に神木だけだった。


 自分の鼓動だけが、はっきりと聞こえていた。


 神木の根元に、光の球体が現れた。その光の中に人の形をした影が浮かび上がり、光が収束していくにつれて姿が見えるようになった。


 女性寄りの顔立ちだった。背中には、蝶のような美しい羽のようなものがあった。


 声が響いた。音というより、直接頭に届くような感覚だった。


「よくぞ参った、リュートよ」

「……あなたが、精霊王様ですか?」

「左様。我が精霊王、真名をアストレオスという」


 用件を切り出そうとしたとき、アストレオス様の声がした。


「そう急くでない」


 そう言うと、アストレオス様は目を閉じた。しばらくすると、その足元に光が現れた。赤、青、緑、茶、白、黒。それぞれの色の光が集まり、少しずつ形を成し始めた。


 赤い光は狐で、尾が炎を灯していた。青の光は亀で、甲羅の中を青水晶のような水が循環していた。緑の光は鳥で、翡翠色の羽を広げると風紋が舞っていた。茶の光は人型で、丸みのある土の体に安定感があった。白の光は猫で、白金の毛並みが柔らかい光を放っていた。黒の光は犬で、黒い影を纏い、紫の瞳が静かに光っていた。


 どれも膝下ほどの大きさだった。土の上位精霊にだけ、自然と視線が長く留まった。姿は幼い頃から見慣れたものと同じだったが、心なしか一回り大きく、纏う気配も落ち着いて見えた。


「待たせたな。こやつらがどうしてもと聞かなくてな。会ったことがあるものもいるじゃろうが、上位精霊たちじゃ」


 火の上位精霊は、いつも球体だったはずなのに、狐の姿だったとは思わなかった。


「紹介しておこう。イグナス、ミレナス、アエラス、ガイアス、ルミナス、ノクタスじゃ」


 火、水、風、土、光、闇。その順で並んでいた通りに、名前が告げられた。


「さて、こやつらの紹介も済んだ。要件を聞こう。何ゆえ、我と目通りを願い出た?」


 息を飲んだ。ここまで来た理由は、初めから一つしかない。


「俺の両親が教会に捕えられています。両親を助けるために、アストレオス様のお力を貸していただけないでしょうか?」


「何ゆえ、我に求める?」


「アストレオス様にしかできないことがあると考えています」


 アストレオス様は、しばらく沈黙した。


 白い景色の中で、上位精霊たちの光だけが静かに揺れていた。その揺れる周期が、ふと途切れた気がした瞬間、上位精霊たちの姿勢が、示し合わせたようにわずかに変わった。答えを待つ間、自分の鼓動の音がやけに大きく聞こえた。


「一つ、お主に問おう」


 長い沈黙のあと、アストレオス様が口を開いた。


「お主は、ただの人間とは異なる精霊術を自然に使っておる。それは、本来この森でしか保たれていないはずのものじゃ。お主を通じて、その在り方が、森の外にも広がりつつあるようじゃ」


「そうなればいいと思っています」


 迷わず答えた。対話式の精霊術は、精霊を傷つけない。それが広がることに、何の躊躇いもなかった。


「ならば、お主の精霊術を世に広めよ。太古のように。そのために尽力するのじゃ。さすれば、お主の求めに応じよう」


 息を止めた。今、世界の精霊術は対話式ではなく、詠唱の精霊術が大半を占めている。それを対話式に変えていく。あまりに壮大な話だった。だが、やるしかない。


「わかりました。尽力します」


 そう答えると、アストレオス様は満足そうに小さく頷いた。その雰囲気が求めるものを話すよう促しているように感じた。


「まず、一年ほど前、森国に近い王国のキルシェンハイムの森で迷い魔が出現しました。その時、俺が使ったあの剣を使えるようになりたいのです。精霊が関係していると思うのですが、一向にできるようになる気配がなく……」


 アストレオス様は目を閉じ、何かを呟いているように見えた。


「お主の記憶も見せてもらうぞ」


 そう言うと、アストレオス様から光の糸のようなものが伸び、俺の頭に繋がった。思わず目を閉じ、体を硬直させた。今、迷い魔との戦闘の記憶を見られているのだろう。痛みや気持ち悪さのようなものはなかった。ただ、少しだけくすぐったいような感じだけがあった。


 まぶたの裏に、あの夜の光景が一瞬だけ蘇った。剣を振り抜いた瞬間の手応え、迷い魔が崩れ落ちた後の静けさ。あれで確かに、誰かを守れたはずだった。


「なるほどの。面白いことをしよる」

「何かわかったのでしょうか?」

「その時のお主の剣は精霊ではなく、霊素と魔素を直接制御したものじゃ。じゃが、純度が低く精霊が反応してしまったもの。つまり、失敗作じゃ」

「えっ」


 思わず声が漏れた。失敗作と言われるとは思ってもいなかった。さっきまで蘇っていた手応えの記憶と、今告げられた事実との間に、埋めがたい溝があった。あの時、確かに救えたものがあった。それでも、あれは未完成の代物でしかなかったのだと、誇らしさと情けなさが同時に胸の中でせめぎ合った。


「そうじゃな、いわば、霊魔双硫剣、というところか。じゃが、本来は精霊が反応しない霊素も魔素も高純度で制御するべきものじゃろうな。霊魔双琉剣。これがお主の本来の剣のはずじゃ」

「……霊魔双琉剣」


 口の中で繰り返しながら、無意識に右手を握り込んでいた。あの時の重みが、掌の記憶として蘇った。名前を得たことで、あの剣が急に遠い、届いていないものに変わった気がした。


「じゃが、この森は魔素が薄い、ほぼ存在しないと言って良い。どちらの剣もここでは体得できぬじゃろう……さすれば、純度の制御ができるようになることじゃな。それを教えられる者ならこの森におるじゃろう」

「……フェルウィン先生、でしょうか?」

「あやつの師匠じゃ。頼んでみるがよい」


 フェルウィン先生に、師匠がいた。王族であれば師事する相手がいるのが当然なのかもしれないが、想像したことはなかった。どんな人物なのか、見当もつかない。今は聞けないが、頭の隅に留めておいた。傍らでは、土の上位精霊が変わらずこちらをじっと見ていた。まだ何か言いたげな、気にかかる視線だった。


「ありがとうございます。頼んでみます」


 白い景色の中で、上位精霊たちの光が静かに瞬いていた。伝えたいことは、まだ残っていた。


「あと、詠唱の精霊術の発動を阻害することはできないでしょうか?両親を助ける時、教会と戦闘になるはずです。教会の精霊術を阻害することができれば、有利にことを運べると思うのです。それにあの精霊術は精霊を傷つけ、苦しませます。そんなことはさせたくない」

「それは我が望むことじゃ。よかろう」


 アストレオス様がそう答えると、周囲の光が強くなった。アストレオス様と上位精霊たちの周りに光が満ち、一本の線となって静かに俺の体へと伸びてきた。


 その光は体を包み、やがて右手の甲に集まり始めた。見下ろすと、円の中に正六角形が描かれ、その頂点から各点に線が伸び、中央には二重の円が浮かんでいる。紋章は、やがて手に溶け込むように見えなくなった。皮膚の下に、小さな熱の粒がひとつ残ったような感覚だけがあった。


「我らとの回廊を繋いだ。精霊回廊とでも言うかの。これでお主を通して、お主の周囲の精霊を我らの影響下に置くことができよう。さすれば、詠唱の精霊術を拒絶させられよう」

「ありがとうございます。最後に、世界中の精霊と疎通できるのでしたら、両親の所在や状況を集められないでしょうか?」


 アストレオス様は、それまでの二つの求めとは違い、すぐには答えなかった。目を閉じ、しばらくの間、何かを確かめるように沈黙した。上位精霊たちの光も、その間だけ動きを止めていた。


「普通の精霊がどれほど応えられるかはわからぬが、確認しておこう」

「ありがとうございます」

「以上か?」

「はい」


 これ以上望むのは、贅沢というものだろう。今日得られたものだけで、十分すぎるほどだった。


「では、戻るが良い」


 周りの白が強くなり、視界全体を飲み込んでいった。目を閉じ、次の瞬間には、白い景色は消え、そこには神木と湖が広がっていた。


——————


 来た道を引き返すと、フェルウィン先生が待っていた。木の手前から動いていなかったのだろう、足元の草の様子が変わっていない。こちらの姿を見つけると、いつもより早く歩き出した。


「終わったのね」

「はい」


 短くそう答えると、フェルウィン先生はそれ以上何も聞かず、ただ頷いた。


 湖の水面が、夕方の光を受けて静かに揺れていた。虫の声も、風の音も、いつの間にか戻っていた。世界の音量が、元に戻ったようだった。


 王宮へ続く道を歩き出すと、木々の合間から、視線を感じた。庭で何度も感じてきたものと同じだった。振り向いても誰もいなかったが、ロアリックだろうという確信だけがあった。


 皮膚の下に残った熱の感覚を確かめながら、フェルウィン先生と並んで歩いた。フェルウィン先生の師匠に会いに行くのは、いつになるだろうか。両親の行方も、いずれ何か分かるはずだ。まだ何一つ終わっていない道のりを、それでも一歩ずつ進んでいくしかなかった。


 王宮の明かりが、少しずつ近づいてきていた。


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