第127話 王宮への道
(リュート視点)
翌朝、宿の前に馬車が停まっていた。二頭立ての、飾り気は少ないが頑丈そうな造りの馬車だった。窓には覆いがなく、外から中の様子がそのまま見える、質素な造りだった。御者台には、イェルナで何度か見かけたことのあるエルフの男が座っていた。
「オルフィンさんの手配ですか?」
アリシアが聞くと、フェルウィン先生が頷いた。
「そうよ。出頭者用に、正式に手配してもらった馬車よ」
一列に並んで乗り込んだ。狭くはなかったが、六人と荷物で車内は詰まった。御者が手綱を軽く鳴らすと、馬車はゆっくりと動き出した。
「じゃあ、行きましょうか」
オルフィンさんが見送りに来ていた。フェルウィン先生に短く言葉をかけた。
「道中、お気をつけて」
「ええ、世話になったわね」
それだけのやり取りだった。オルフィンの視線が一瞬こちらに向いたが、何を言うでもなく、すぐに逸れていった。この十数日、顔を合わせれば短く言葉を交わす程度の間柄にはなっていた。友と呼ぶには足りないが、ただの他人でもなくなっていた。馬車の窓越しに見える背中が、じきに小さくなった。
街道は、思っていたより整備されていた。石を敷き詰めたわけではないが、轍が幾重にも重なった、明らかに人の手が入っている道だった。窓の外を流れる森は、単調なようでいて、少しずつ表情を変えていった。
「今、同じところ通ってない?」
アリシアが窓の外を見ながら聞いた。
「似ているけれど、違う場所よ。長く森の中を通る道だから、そう感じるだけ」
フェルウィン先生はそれだけ答えて、目を閉じた。休めるうちに休む、というのが習慣になっているようだった。
昼過ぎ、街道沿いの開けた場所で馬車が止まった。休憩のためらしい。降りると、御者が手早く馬に水を与えていた。スーリィが辺りの草花に目を輝かせて駆け出そうとしたところを、兄さんが呼び止めた。
「知らないものは食うなよ」
言葉数は少なく、有無を言わせない調子だった。兄さんは昔からそうだ。危ないと判断した時ほど、説明より先に手が動いた。
「はーい」
不服そうに口を尖らせながらも、スーリィは頷いた。
初日の夜は、街道沿いの小さな宿場町で馬車を降りた。エルフ向けの簡素な宿だったが、屋根と寝台があるだけで、これまでの旅とは比べ物にならなかった。宿場の食堂で、皆で夕食を囲んだ。
「馬車移動でも、休める時にちゃんと休むこと。これが一番よ」
フェルウィン先生の言葉に、誰も異論はなかった。
「出頭って、具体的にはどうなるんですか?」
食事の途中、アリシアが聞いた。
「女王が直々に確認するだけよ」
「女王陛下に会うのって、緊張しますね」
「あなたたちが緊張することはないわ。緊張するべきは、こちら側よ」
「だから大丈夫って言ったんですか?」
アリシアがフェルウィン先生に確認した。
「そうよ。謁見した時に聞いてもらえるかはわからないけれどもね」
フェルウィン先生が小さく笑った。それ以上は何も言わなかった。
「なるようになるだろ」
ユリウスが、匙を置く手を止めずに言った。深刻ぶらない一言だが、投げやりというわけでもない。悩んでも仕方がないことは悩まない——そういう性分なのだろう。
——————
それから数日、同じような一日が続いた。日を追うごとに、車内の空気は落ち着いていった。揺れに体が慣れ、会話も増えた。宿場町の食堂で囲む夕食が、いつの間にか一日の締めくくりになっていた。
一週間目の朝、馬車の外の景色が変わった。木々の間隔が広がり、下草が減ってくる。切り株や小道の跡といった、人の手が入った痕跡も増えてきた。
「見えてきたわ」
フェルウィン先生の声に、皆が窓に顔を寄せた。
森が開け、都市が見えた。
石造りと木造の建物が混在した、落ち着いた街並みが広がっていた。街の中に大きな木がそのまま残され、建物はそれを避けるように建てられていた。人間の街のような喧騒がまるでなかった。物売りの声も、荷車の軋みもなく、ただ静かで、時間の流れが緩やかに感じられた。さらに奥、街の中心には、古い巨木を背にした建物が見えた。
「あれが……」
「女王がいる王宮よ。この街がエルヴィア——この国の首都ね」
俺はしばらく、ただその景色を見つめていた。
馬車は街の中を進んだ。覆いのない窓から、道行くエルフたちの姿がよく見えた。人間を見かけることなどまずない土地だからだろう、何人かがふと目を留めた。一瞬だけ視線を向け、すぐに逸らした。誰も足を止めず、声を上げる者もいない。驚いたように目を見開く者も、笑いかけてくる者もいない。それが、何度か繰り返された。敵意はないが、歓迎の色もない——そう感じたのは、反応の薄さのせいだった。
やがて、王宮の前で馬車が止まった。
「ここよ」
フェルウィン先生が先に降り、門番に近づいていった。門番が二人、槍を持って立っていた。フェルウィン先生を見ると、すぐに一人が頷いた。
「リセル様、出頭の件、伺っております」
「案内を」
門番の一人が門を開け、もう一人が先導するように歩き出した。
王宮の中へ向かう間、誰も口を開かなかった。以前の自分なら、この沈黙に耐えられなかったかもしれない。今は、ただ落ち着いて歩けた。




