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隔絶した世界に転生した親友と  作者: まーくん
青年期ーリュート編ー

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第126話 動き出す理由

(リュート視点)


「お兄ちゃん」


 声がして振り返ると、スーリィが後ろに立っていた。いつからそこにいたのか、気づかなかった。


 スーリィが近づき、正面にしゃがんだ。


「お兄ちゃん、私ね、皆で逃げてる間、実はワクワクしてたんだ。初めて村の外に出て、いろんな景色を見てさ」


 スーリィの顔は、いつもの笑顔だった。


「精霊術学院に行かなくて正解だった。皆と一緒にいられて、楽しかった。でも、途中でお父さんとお母さんがいなくなって、寂しくて楽しさが減っちゃった」


「でも大丈夫。また、会えるから」

「わかるのか?」

「そんな気がするだけ。だからね、皆で迎えに行こう」


 スーリィの表情には、父さんや母さん、兄さんと同じものが浮かんでいた。


 長い間、何も言わなかった。


 川の水面をじっと見つめた。落ち葉が一枚、ゆっくりと流れていくのが見えた。夕焼けの色が、水面の上で少しずつ薄れていくのが見えた。


 父が倒れる瞬間、母が組み伏せられる瞬間が、何度も頭をよぎった。それと同時に、スーリィの「迎えに行こう」という言葉が、頭の中で繰り返された。


 小さく、息を吐いた。西の空の色が、橙から紫へ変わりかけていた。


「……そうだな」


 顔を上げた。


「行こう。父さんと母さんを迎えに」


 兄さんが立ち上がり、肩を軽く叩いた。


「よし」


 それだけ言った。


 少し離れた場所で見守っていたアリシアと目が合った。アリシアは何も言わなかった。ただ、小さく笑って頷いた。


 スーリィがまた、いつもの笑顔に戻っていた。


 河原から宿までの帰り道、街の灯りが一つ、また一つと灯り始めていた。誰も言葉を発さなかったが、行きよりも足取りが軽かった。


 宿に戻り、部屋に入った。


 ユリウスが俺の顔を見て、息を吐いた。


「ようやくか」

「悪い。心配をかけたな」


 ユリウスはふんと鼻を鳴らし、口角をわずかに上げただけだった。それ以上は何も言わなかった。


——————


 それから、一週間ほどが過ぎた。


 精霊術や剣術の練習を再開したが、体はすっかり鈍っていた。素振りの型がまだ乱れ、精霊に語りかける時の集中力も、以前ほど続かなかった。


「基礎からやり直しだな」


 兄さんが、崩れた構えを見て言った。


「精霊術もな」


 ユリウスが、乱れた発動を見て続けた。


「私が教えてあげようか?」


 スーリィがクスクス笑いながら言った。


「ははは、まいったな」


 頭を掻いて、苦笑いをするしかなかった。剣術も精霊術も、基礎からやり直すしかなさそうだった。肩を二、三度回してから、もう一度剣を構え直した。


「一週間前が嘘のようね」


 フェルウィン先生が、呆れたような、それでいて安堵したような表情を見せた。


「フェルウィン先生、入国手続きからだいぶ日が経ちますけど、まだ待たないといけないんですか?」


 アリシアが聞いた。


「エルフは人間よりずっと長い寿命のせいか、時間感覚がゆっくりなのよ。慌てなくてもいずれ連絡があるわ」


 そう言うと、フェルウィン先生は俺を見て続けた。


「それに、鍛え直す時間はあったほうがいいでしょう」

「フェルウィン先生も言いますか」


 俺はがっくりと肩を落とした。


 皆、イェルナでの暮らしに少しずつ慣れ始めていた。オルフィンさんとも、顔を合わせれば短く言葉を交わす程度の間柄になっていた。


——————


 さらに十日ほど経った日の午後、オルフィンさんが宿を訪ねてきた。


 フェルウィン先生が応対に出た。二人が話しているのを、食堂から見ていた。オルフィンさんの声は聞こえなかったが、フェルウィン先生の表情が、途中でわずかに動いた。


 話が終わり、オルフィンさんが去っていくのを見送ったフェルウィン先生が、こちらに向き直った。窓から差し込む西日が、テーブルの上に長い影を落としていた。


「待望の返事が来たわよ。全員、王宮に出頭するようにとのことよ」

「出頭……」


 ユリウスが繰り返した。その声だけが、やけにはっきりと耳に残った。


 その言葉に、部屋に閉じこもっていた頃の自分がよぎった。あの時、最初から出頭すればよかったのかと、何度も自分に問いかけていた。今は、選ぶ余地のない形でその言葉がやってきていた。


 隣で、アリシアがわずかに眉を寄せるのがわかった。スーリィが、兄さんの服の袖を小さく掴んだ。


 兄さんだけは、驚いた様子を見せなかった。ただ静かに、フェルウィン先生の表情を確かめるように見ていた。

 

「詳しいことは向こうで話すそうよ。悪い話ではないはずよ、たぶん」


 フェルウィン先生の言葉に、束の間、誰も何も言わなかった。宿の中の物音だけが、やけに大きく聞こえた。


 息を一つ吸い込んだ。喉の奥が、少しだけ強張るのがわかった。もう、下を向いて止まっているだけの自分ではない。迎えに行くと決めたんだ。なら、できることは全部やる。


 一歩前に出た。


「フェルウィン先生」


 フェルウィン先生が振り返った。


「精霊王に会えないでしょうか?父さんと母さんを助ける力を借りたいんです」


 フェルウィン先生は、少し驚いた顔をした。その視線が、一瞬だけ俺の指先に向いて、またすぐに顔へ戻った。それは一瞬で、気のせいだと言われれば頷いてしまいそうなほどの間だった。


 視界の端で、アリシアが小さく目を見開くのが見えた。何か言いかけて、だが結局は、飲み込むようにして何も言わなかった。


 フェルウィン先生は、少しの間だけ黙っていた。何かを確かめるような、そんな間だった。


「……精霊王様に会うには、女王の許可か、精霊王様からの呼びかけが必要よ」

「それだと、会うのは難しそうですね……」

「どうせ王宮に行くのだから、女王にお願いしてみればいいのよ」

「いや、その女王陛下に謁見するのが難しいんじゃないんですか?」

「大丈夫よ」


 フェルウィン先生が言い切った。


「じゃあ、明日には出発できるように、皆も準備をしてちょうだい」

「はい」


 困惑する中、全員が頷いた。窓の外はいつの間にか日が沈みきり、宿の外から、夜番が支度を始める鈴の音が、一つだけ小さく響いた。


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