第125話 河原にて
(リュート視点)
話し合いの日から三日が経った。
俺は部屋に閉じこもり、部屋の外に出たのは食事の時くらいだった。窓は閉め切ったままで、朝と夜の区別は、差し込む光の角度が変わることでしかわからなかった。着替える気力もなく、同じ服のまま、ベッドに横になっても眠れず、起き上がって椅子に座る。それを何度も繰り返していた。
剣を目にすると、視線が勝手に逸れた。理由はわかっている。わかっているから、余計に、考えないようにした。
フェルウィン先生の言っていた、捕らえられていたという男女。それが父さんと母さんだと思いたい。そう思おうとするたびに、喉の奥が締まって、それ以上は考えられなくなった。
父さんは斬られて倒れた。母さんもあの後どうなったのか、わからない。
その繰り返しだった。
やっぱり最初から出頭すればよかったのか。そう思っても、それを選べば皆が悲しみ、傷つくこともわかっていた。
結局、何も考えはまとまらず、落ち着きもせず、ただ時間だけが過ぎていった。
皆が心配してくれているのは、わかっていた。
その三日の間、アリシアが何度か部屋の戸を叩いた。
「リュート、ちょっと外の空気吸わない?」
少しの間を置いて、返事をした。
「……いや、いい」
それだけ答えると、戸の向こうの気配が、しばらく動かずにいた。やがて、小さなため息の後に足音が遠ざかった。
食事の席に出ても、皆の会話には加わらず、黙々と食べるだけだった。
スーリィが一度だけ、隣に座って口を開きかけた。
「お兄ちゃん、あの……」
だが、そこで言葉を止め、俺の顔を一瞬見てから、何も言わずにまた自分の皿に視線を戻した。フォークを持つ手は、動かないままだった。
巻き込んでしまった。その思いがある限り、皆から離れていたかった。
フェルウィン先生は、特に何も言わなかった。ただ、離れた席から、静かにこちらを見ているだけだった。
三日目の夕方、兄さんが部屋に戻ってきた。
ノックもなく、扉が開いた。西日が廊下から差し込み、兄さんの影が長く床に伸びた。
「リュート、ちょっと付き合え」
「……いい」
「いいから来い」
腕を掴まれ、引っ張るようにして立たされた。抵抗する気力もなく、そのまま連れ出された。
久しぶりに浴びる外の光に、目の奥が一瞬痛んだ。三日ぶりの外気は、思ったより冷たく感じた。宿の裏手から、誰かが荷を運ぶ音が聞こえた。
二人で宿を出て、街の中を歩いた。
夕暮れの光が、イェルナの建物の輪郭を橙色に染めていた。乾いた土の匂いに、どこかの家から漂う夕食の匂いが混じっていた。大きくない街のため、すぐに端まで来た。街を囲む柵の向こうに、外の森が見えた。
連れてこられた場所は河原だった。柵の内側を、川が静かに流れている。水音が、思っていたよりも大きく耳に届いた。
兄さんが河原に腰を下ろした。仕方なく、少し離れた場所に座った。石の表面はまだ昼間の熱を残していて、それがじんわりと伝わってきた。
沈黙が続いた。兄さんは何も言わず、しばらく川の流れをただ見ていた。俺もそれに倣うように、川面を眺めていた。水面に映る夕焼けが、流れるたびに歪んで、また戻った。
だいぶ時間が経った時、風が少し強くなり、河原の草を揺らす音がした。そのタイミングで、兄さんがようやく口を開いた。
「リュート……あの時、何を見たんだ?」
反応ができなかった。
「責任を感じてるのか。気にするなとは言わない。だけどな……あいつらに向かって走り出す前、父さんと母さんがどんな顔をしてたか、お前は見たか?」
思い出すのは、地面に伏せられた二人の姿だけだった。
「追い詰められてたのに、驚くほど、落ち着いた顔だったんだよ。あれは……覚悟を決めた顔だ」
兄さんは一度、言葉を切った。
「父さんも母さんも、リュートを責めてなんかいない。それは、俺たちに対してもだ」
兄さんは、一呼吸置いてから続けた。
「出頭を考えたお前を止めたのは俺たちだし、一緒に行くって決めたのも俺たちなんだからな。いつまで、一人で背負い込むつもりだ?」
兄さんの顔を見た。責めるでも悲しむでもない、真剣で、それでもどこか穏やかな顔だった。
その瞬間、あの時の父さんと母さんの顔が重なった。二人も、今の兄さんと同じ顔をしていた。
「……やっと、ちゃんとこっち見たな」
兄さんの表情が、わずかに崩れた。
喉の奥が、まだ強張っていた。それでも、口を開いた。
「あの時、皆で逃げてる最中、父さんと母さんも走ってあいつらに向かっていった。父さんはまだしも、母さんは戦う人間じゃない。すぐに地面に組み伏せられて……父さんは何度か打ち合ったが、そのまま斬られて、倒れた」
自分の声が、思ったより掠れて聞こえた。
「……そういうことか」
兄さんは、視線を一度川に落とした。長い間黙り込み、それから静かに息を吐いた。今まで何も語ろうとしなかった俺のことを、ようやく飲み込んだような、そんな間だった。
「でも母さんは、組み伏せられただけだったんだろ」
「……でも、あの後何をされたかはわからない」
「父さんだって、向こうには医官らしい人もいた。フェルウィン殿が言ってた、捕らえられた男女がいたって話もある」
「そんなの、わからないだろ!」
声が、思ったより大きく出た。握った小石の角が、掌に食い込んだ。
兄さんは、すぐには言い返さなかった。川面に目を落とし、しばらく黙っていた。
「……そうだな。わからないんだよ、リュート。お前にも、俺にも」
兄さんは、一度足元の石を軽く蹴った。小さな音を立てて、石が水際まで転がった。
「……わからないから、最悪の方だけ決めつけて」
少し間を置いて、続けた。
「下向いたまま止まってて……それに何の意味があるだ?」
何も言い返せなかった。俯いたまま、足元の小石を拾い、手のひらの中で握り込んだ。
「……怖いんだ」
「何が?」
「もし、行って……本当に、もう……」
言葉が続かなかった。
兄さんは少しの間、何も言わず、こちらの様子を見ていた。
「怖くて当然だろ。俺だって、怖いさ」
「兄さんが?」
「ああ。だが、怖いのと、動かないのは別だろ?」
何も言えなかった。
川面を渡る風が、また一つ吹き抜けていった。夕暮れの終わりが近づき、空気が少しずつ冷え始めていた。




