第124話 生きている
(アリシア視点)
一通り聞き終えたところで、フェルウィン先生がリュートの方を見た。
「アーデン君」
名前を呼ばれ、リュートが俯いていた顔をわずかに上げた。
「聞いてもいいかしら?あなたが、そうなっている理由を」
リュートの顔が、また下を向いた。
「俺から説明します」
ランベルトさんがそう言うと、フェルウィン先生は頷いた。
「一月半ほど前のことです。あの教会の者たちと遭遇しました。馬車を破壊され、それでも全員で逃げようとしたのですが、助けていただいたときと同じように追い詰められました。その時、父が俺達を逃がすためにあの者たちと対峙しました。母も父と一緒にその場に残りました」
ランベルトさんは、苦しそうに言葉を続けた。声は落ち着いていたが、途中で一度だけ、言葉が詰まって喉が動いた。握られた拳の白さが、その中身を物語っていた。
「俺は、父が何をしようとしたのかはすぐに理解しました。それで、父とともにあろうとするリュートの手を掴み、森の中へ逃れました。振り返ると、足が止まってしまうので、振り返ることはしませんでした。おそらく、全員がそうだったと思います」
「ただ、リュートだけは、後ろを見ていたはずです。ずっと離せと言っていたのが、ある時から何も言わなくなりました。だから、その時、何かを見たのかもしれません」
言い終えると、ランベルトさんは何かを必死に振り払うように、頭を横に振った。スーリィの肩がわずかに縮こまり、膝の上で握った両手にさらに力がこもった。「振り返らなかった」という一言に、ユリウスは息を止め、扉の方へ顔を背けた。
けれど、リュートだけは、何も見せなかった。ただ、俯いた顔の角度が、ほんのわずかに変わっただけだった。誰も、その先を聞きたくないというより、聞かせることに耐えられないという顔をしていた。
「……そうだったのね。ごめんなさい。辛いことを聞いたわ」
ランベルトさんは一度顔を上げ、大きく息を吐いた。
「いえ、向き合わなければいけないことです」
フェルウィン先生は少しの間を置いてから、静かに口を開いた。
「……一つ、伝えておきたいことがあるわ」
「ハルデンシュタットであの一団を見つけた時、教会関係者とは思えない男女、ちょうどあなたたちの親くらいの年齢の男女が、一団の中にいるのを見たわ。その二人が誰なのかは、私には分からない。ただ、生きて捕らわれていた。それだけは確かよ」
リュートが顔を上げ、フェルウィン先生を見た。
「本当ですか?」
久しぶりに聞く、はっきりとしたリュートの声だった。
「ええ、間違いないわ」
リュートの視線が一瞬泳ぎ、それから、じっと自分の手元に落ちた。指先が、テーブルの木目をなぞるように、ゆっくりと動いていた。触れたまま止まっているだけだったその指が、今は確かに、自分の意思で動いているように見えた。
「リュート?」
私は小さく呼びかけたが、返事はなかった。ただ、リュートの目には、しばらく見なかった光が、僅かに灯っているように見えた。
フェルウィン先生は、それ以上踏み込まなかった。
いつの間にか、外はすっかり暗くなっていた。
「今日はもう休みましょう。話せることはまた明日にでもすればいいわ」
リュートは、その後も無言だった。ただ、いままでのようにぼうっとしているわけではなく、何かを必死に考えているように見えた。うつむいたままの横顔に、これまでとは違う張りがあった。
その変化に、かすかな安堵が込み上げると同時に、まだ拭えない不安も同じだけ胸に残った。両親が生きているかもしれないという希望が、リュートを立ち直る方向に動かすのか、それとも、別の思い詰め方へ向かわせてしまうのか——今の私には、まだ判断がつかなかった。
窓の外は暗く、遠くで夜番の鈴の音が一度だけ鳴った。




