第121話 朝の静けさ
(アリシア視点)
その夜、たどり着いた宿で、フェルウィン先生が二部屋を取った。男三人、女三人に分かれる形だった。窓は少しだけ開けられていて、外の空気がわずかに入り込んでいた。
「話は明日にして、今日はもう休みましょう。ずっとゆっくり休めてなかったでしょう」
確かにそうだった。誰の顔にも疲労の色が濃く出ていた。頬はこけ、目の下には影ができていた。皆の疲れは、動きの緩慢さに表れていた。荷物を下ろす手つきも、靴を脱ぐ仕草も、いつもより一拍遅かった。
ただ、リュートだけは違った。体は普通に動くのに、目にまるで力がなかった。ベッドの端に腰を下ろす動作すら、誰かに操られているように見えた。差し出されたコップの水にも、手を伸ばすまでにわずかな間があった。
ベッドに倒れ込むと、その先の記憶はなかった。先生の言葉があってもなくても、同じことだった。話ができるような状態ではなかったし、体のほうが先に眠りを選んだ。
目が覚めると、日はすでに高く昇っていた。壁に落ちる光の帯が、朝というより昼に近い角度を示していた。開けたままの窓からは、木と土の混じったような、街特有のにおいがかすかに流れ込んでいた。
「よく眠れた?」
声のした方を見ると、フェルウィン先生がテーブルで手紙を書いていた。羽根ペンを持つ手つきに迷いがなく、こちらの目覚めに気づいて顔を上げる仕草だけがいつも通りだった。
周りを見て、記憶をたぐり寄せた。エルフの街の宿に泊まったのだと、少し遅れて思い出した。スーリィを探すと、隣のベッドでまだ眠っていた。頭の中の霧が少しずつ晴れていき、ようやく意識がはっきりしてきた。
先生が書いていた手紙は、誰に宛てたものなのだろう。ふと、そんなことが頭をよぎった。
「はい、久しぶりにぐっすり眠れました」
「向こうの部屋もまだ誰も起きていないもの。相当疲れたんでしょうね」
「はい、いろいろありましたから……」
「そうね……」
少しの間、どちらも何も喋らなかった。窓の外から、街の物音がかすかに届いてきた。人の話し声、荷車の軋む音、遠くで誰かが洗濯物を叩くような、乾いた音も混じっていた。それだけのことが、ひどく懐かしく感じられた。
「お腹は空いてない?」
「空いてます」
先生が少し笑った。
「そこのテーブルに、皆の分を買ってきた食べ物があるから、好きなのを食べなさい」
「ありがとうございます」
テーブルに近づくと、スーリィも目を覚ましたようで、「うーん」という声が聞こえてきた。パンの焼けたにおいと、外から流れ込む空気が入り混じっていた。
二人で食べていると、扉がノックされた。開けるとランベルトさんが立っていた。
「だいぶ寝坊してしまいました。男部屋は全員起きました」
「食べ物は買ってあるから、そちらの部屋で食べながらでも話しましょうか」
フェルウィン先生はそう言うと、食べ物の入った袋を持って、もう一つの部屋へ移動した。私たちもその後に続いた。
部屋に入ると、リュートとユリウスがベッドに座っていた。ゆっくり休めたのか、普段よりは顔色がいいように見えた。それでも、リュートはやはりただぼうっとしているだけだった。目の焦点が、どこにも合っていなかった。
全員が席に着き、持ち寄った食べ物を食べ終える頃には、部屋の中の物音も落ち着いていた。皿を置く音、椅子の軋む音が止み、静けさだけが残った。その静けさの中で、フェルウィン先生がふと表情を引き締めた。それまでの柔らかい空気が、わずかに変わった。
「じゃあ始めましょうか。何か聞きたいことはあるかしら?」




