第116話 追う者たち
(シグルド視点)
冬が深まり、街道を吹き抜ける風には、すでに刺すような冷たさがあった。野営のたびに焚き火を絶やさぬよう、隊員たちは交代で薪を集めて回った。鎧の継ぎ目には夜露が凍りつき、朝になるたびに白い霜となって剥がれ落ちた。
グンナルを残し、残りの六人全員で帝国側の国境付近からブランデル領へと向かっていた。帝国方面への目を完全に切るわけにはいかなかった。
リュート・アーデンが見つからない場合、十二月上旬に一度ブランデル領・ブランドルフで合流し、対策を検討することになっていた。ここまでの一か月余り、帝国国境沿いの街道を虱潰しに当たってきたが、手がかりは皆無だった。隊員たちの表情にも、疲労の色が見え始めていた。それでも、誰一人として弱音を口にする者はいなかった。
ブランドルフまで五日ほどの距離まで来たところで、前方から一人の人物が近づいてくるのが見えた。
エルリングの隊にいる、ケティルだった。馬を急がせてきたのだろう、息が荒く、馬の体も汗で光っていた。
「報告します。森国方面の森付近でリュート・アーデンを発見。リュート・アーデンは仲間と共に逃亡しましたが、リュート・アーデンの両親を捕縛に成功」
ケティルが、息を整えながら報告した。
「報告ご苦労。エリク、グンナルに連絡を」
表情を変えずにそう指示を出した。エリクが、来た道を戻っていった。
「他は、予定通り、ブランドルフに向かう」
そう告げると、再び馬を走らせた。
逃亡者本人は取り逃がしたが、両親の身柄を押さえた意味は大きかった。冬の森を徒歩で進む以上、逃亡者たちの足取りは、決して速くないはずだった。今からでも、十分に追いつける。そう判断するだけの材料は、すでに揃っていた。隊列の足並みが、それまでよりわずかに速くなった。
異端は、秩序を蝕む病だ。長年そう信じて任務にあたってきた。病巣を野放しにしておくことは、教会の務めを放棄するに等しかった。逃げたという事実そのものが、もはや動かぬ証であり、迷いはなかった。
道はどこまでも単調で、隊列の足取りも次第に重くなっていった。それでも、行軍の速度を緩める命令は、一度も出さなかった。
数日後、ブランドルフに着き、教会に残していたイーヴァルも合流させ、森国方面に向けて村を出発した。村の様子は、一月前に去った時と何も変わっていなかった。ただ、村人たちの視線は、以前よりも明らかに警戒していた。村に足を止めたのはわずかな時間だけで、隊をすぐに次の街道へと進ませた。
さらにその数日後、ハルデンシュタットに到着した。そこで、エルリングの隊と合流した。二つの隊が一つになると、野営の規模も一回り大きくなった。馬を繋ぐ杭の数、張られる天幕の数、それぞれが一目で増えたとわかるほどだった。天幕の隙間から漏れる灯りが、夜営地のあちこちに小さく散らばっていた。
ソルヴィとともに、エルリングとヴィグルから、リュート・アーデン発見時の詳細を確認した。馬車での検問、逃走、精霊術師による車軸の破壊、両親の抵抗とその結末——一つひとつの報告が、淡々と読み上げられた。馬具の擦れる音と、低く交わされる挨拶の声が、いつもより多く耳に入った。野営の焚き火が爆ぜる音だけが、報告の合間を埋めていた。
捕らえられたリュート・アーデンの両親を一瞥した。無駄なことを、と思った。
「イーヴァル、あの二人を任せる」
そう告げると、イーヴァルが短く頷いた。
合流した部隊は、休む間もなく、再び森国方面に向けて出発した。
合わせて十名を超える一団となった隊列は、もはや一か月前とは比べ物にならない規模になっていた。森国の国境に近づくにつれ、馬の数も、鎧の音も、確実に重みを増していった。ソルヴィが、隊列の編成を手早く整え直し、先頭と後方の配置を報告してきた。短いやり取りだけで、隊は次の行軍へと滑らかに移っていった。
殿の位置についたヴィグルが、馬上から一度だけ、来た道の方を振り返った。
その動きに気づいたが、気に留める必要はなかった。長く同じ隊にいたヴィグルの、いつもの癖だろう。そう判断できるだけの実績が、これまでの任務で十分に積み上がっていた。
馬蹄の音が、冬枯れた街道に規則正しく響いていた。捕らえられた二人を残し、隊列は森国の方角へと進んでいった。息を吐くたびに白く凍り、馬の鼻先からも同じ白さが立ち上っていた。手綱を握る指先の感覚は、すでに鈍くなっていた。
隊列は黙って進んだ。誰かが灯した松明の炎だけが、最後尾で揺れていた。




